彼岸の花 | ナノ

「地獄花ですか……地獄にはありませんけどね」


 机に置かれた紅蓮の花を一輪手にとり、鬼灯は呟いた。
 秋を赤色に染め上げるその花には多くの異名があり、正式な名前は彼岸花と言った。


「ああ、その花。根は薬にもなるからね。現世から摘んで来たんだ」
「毒でもありますがね」
「簡単に無毒化できるけどね」


 現世では赤色は血を連想させ、死を思い起こさせる。その為に、彼岸花という。彼岸に咲く花。
 死者を誘うわけでも慈しむわけでもなく、あの世の岸にぽつりと咲いている。ゆらぐ花弁はさながら炎のようでもあった。鬼火のように行くあてもなく漂っている。
 しかし彼岸花には曼珠沙花という名前もありその意味は──天上の花。


「よくもまぁ反対の名前をつけたものです」
「毒にもなれば良薬にもなる。その通りだろ」


 まぁ、そうですね、と鬼灯は大人しく返事を返した。
 生命が躍動する色とは何だろうか。何千年と悠久の時を生きる生き物である二人には理解し難いことだ。しかし、これもきっと人は血を想像するのだろう。
 自分の中に流れる血液が己を生かし、臓器を動かし、時には自分の体を死へと至らせる。だからこそ彼岸花は地獄の花であり、天上の花と言うのだろうか。
 きっとそれは人の理想に過ぎないのだろうけれど。実際に地獄にも天国にも彼岸花は咲いていない。赤色という苛烈な色は地獄にも天国にも似合わない。
 それは、赤色が生きるものにしか流れないものだから。


「女性を口説く時に便利でしょう、この花」
「お前がそういうことを言うだなんて、明日には天変地異が起こるよ」
「口説いてみます?」
「毒を喰らう気はないね」
「案外妙薬かもしれませんよ?」


 くすくすと珍しく笑う鬼神に目をやるが、口説く気にはなれない。たとえ冗談だとしても。
 悠久の時を生きる二人にとって、生きているということはさほど重要なことではない。生に固執しなくとも、確かに自分は生きているのだから。
 大切なのはどのように日々を過ごすか。
 だから白澤は気に行った女人を口説いているのだし、鬼灯は世話の焼ける閻魔大王の元で仕事をしているのだ。
 好きなことを好きな時に、けれど実のある日々を。
 その中で固定した人を作ろうとは二人とも思わない。永久に等しい時間の中でそんなものは荷物になるだけだ。


「まぁ、私は貴方に微塵も好意は抱いていませんけどね」
「僕もだよ」


 さて、と鬼灯は机にたてかけていた金棒を手に取り、彼岸花を一輪白澤へと投げつけた。


「差し上げます」
「……意味は?」
「好きに解釈してください」


 僕のなんだけどな、という言葉は胸にしまい白澤は去る彼の背中に手を振った。



「──“また会う日を楽しみに”」



 それは彼岸花の花言葉の一つ。女人を口説くならば、違う意味で解釈させるだろう。けれど、そんな甘い情は生憎持ち合わせていない。
 淡々と過ぎ行く日々にも張り合いがなければつまらない。
 あの鬼も案外、さまざまな感情を持ち合わせているようだ。






「想うはあなた一人」っていう花言葉もあります。
彼岸花についてのことはwikiより。

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