脳内削除 | ナノ

 いつもとは違う着信音が携帯から流れた。しかし彼女は携帯に触れることなく、シャーペンを走らせる。
 家にいる時まで目ざわりな奴の言葉は見たくない。
 その為にわざわざ着信音を変えているのだ。こんなことを奴に言ったら調子に乗りそうだ、と考えるがすぐに奴のことは頭から霧散した。
 二週間後にはテストを控えているのだ。奴のことを考えている場合ではない。そもそも考える必要がない。



 二時間ほどして、勉強に一段落がつき鬼灯は携帯を覗きこむ。
 来ていたメールは奴からのばかりだったので無視。
 ウェブサイトに接続し、気になっている本を検索にかけた。
 やはりAmaz○nは便利だな、と考えつつリンク先をクリックした矢先に、着信画面へと切り替わり着信音が流れ始めた。
 ディスプレイに表示された電話番号は知らないもので、奴か、と考えたがもしかしたら登録していない友人からの電話かもしれあない。
 奴だと思いこみ、友人からだった、としたら友人に申し訳ないような気がして、鬼灯は着信ボタンを押した。


『こんばんは』
「……」
『切らないでよ!』
「不愉快です、と言ったはずですが」
『知ってる知ってる。僕も不愉快だ』
「それなら電話を切りましょう。どちらにとっても有益でしょう」


 違う違う、と電話の向こうで白澤が笑った。
 笑われて、その上友人ではなく相手が白澤だったということで携帯を握る力が自然と強くなる。


『なかなか僕に振り向いてくれないから、不愉快なんだよ』
「……」


 ボタンを勢いよく押し、荒々しく携帯を閉じた。
 どうしようもない女たらしだと再確認したところでまた鬼灯はシャーペンを握る。
 あんな言葉、きっと誰にでも言っているのだろう。決して鬼灯だけにではない。
 飽きたらすぐに捨てる。
 子どものように無邪気な好奇心を持ちながら、関心がなくなったらすっぱりとその感情は無くなる。それが彼だ。
 きっといつか、鬼灯に対する関心も失せて、視界の端にも捕えなくなるだろう。
 ──こんなこと考える必要はない。
 分かっていても、脳内にちらつく彼の姿と言葉。
 思案するのは次へのテストだけでいいはずだ。いくら頭を振ったところで彼の姿は霧散しない。


「目ざわりな……」


 一つ悪態をつくと、鬼灯は携帯を開いてまだ開かれていないメールと白澤からの着信履歴を削除した。
 彼の姿と言葉も削除するように。これでいい。
 彼に対する感情は嫌悪だけ──。
 それ以上も以下もない。それに、それ以外の感情なんて知りはしない。





アドレスを登録しないまま着信音って変えれましたっけ……。

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