アドレス削除 | ナノ

 珍しいものを見るように白澤は足を止めた。
 鬼灯が携帯を触っている。
 今まで何度となく鬼灯の教室を覗いたことはあったが、携帯を触っている姿は見たことがなかった。
 他の女子生徒とは違い、洒落っ気がなく、本ばかり読んでいたものだから携帯なんていう文明の利器は持っていないのだろうと考えていたのだ。
 よし、と白澤は何か決意したようで教室へと入る。
 ちらちらと白澤を見やる視線があったがそんなのは気にしない。
 一直線に鬼灯の机の前へ行き、携帯を取り上げた。


「また嫌がらせですか」
「そ」
「返してください」


 カチカチと携帯を操作する白澤の手を鬼灯は掴むが白澤はびくともしなかった。
 携帯を離す様子もないし、操作をやめる気もないらしい。


「また蹴りますよ」
「それは勘弁かな」


 はいはい、と言って白澤は携帯を返した。
 鬼灯は携帯の画面を見やり、設定やデータボックスを見るが特に変わったことはしていなさそうだ。


「何か見ましたか?」
「見られたら困るものでもあるの?」
「貴方の期待するようなものはないでしょうね。何をしたんです?」
「嫌がらせ」


 じゃあね、と手を振って白澤は教室から出て行った。
 嫌がらせ、何をしたのだろうと鬼灯は考えたが何も思い浮かばなかった。
 先ほど言った通り、白澤が見ても喜ぶようなデータは入っていないし、普通の女子高生に比べれば彼女の携帯の中身は薄っぺらなものだ。
 カチカチと操作をしていると、携帯が金魚の受信画面に切り替わった。
 表示されたアドレスは未登録のもの。
 この時間にメールが来ると言えば心配性の養父くらいしか思い浮かばない。
 となれば迷惑メールかアドレス変更のメールだろう。
 かちりとボタンを押して、そのメールを開いた。


『いつでも連絡してきていいよ。
 まぁ、してくることはないだろうけどね。
 白澤』


 文末の二文字に目が行く。今にでも携帯を逆に折りたい気持ちだがそんなことをしては携帯のデータが全部消されてしまう。
 衝動をおさえ、変わりにメールを削除した。
 もしかして、と嫌な予感が走りすぐさま電話帳を開いた。
 は行を見やると、ちゃっかり『白澤』とアドレスと電話番号が登録されている。
 送られてきたアドレスを登録しないこと、メールを削除するだろうということは予想の範囲内だったということだろう。
 そしてその登録されたアドレスと電話番号を削除することもきっと予想の範囲内。
 彼女は白澤に短いメールを送り付け、電話帳から『白澤』のデータを削除した。



◆◇◆



『不愉快です』


 絵文字も顔文字も何もない文章が送られて来た。
 送信主は先ほどアドレスを手に入れたばかりの女の子。
 きっともう彼女の電話帳に自分の文字は残っていないのだろうな、と考えて彼はぱたりと携帯を閉じた。


「僕の携帯に入ってるアドレスを消せとは言わないんだ」


 それはただ単に彼女の考えが回っていないだけか、それともまた別の意味か。
 その真意を知ることはないのだけれど、彼女の甘さが少しかいま見えた昼休みだった。




養父は閻魔様です。
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