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例の部屋 に
閉じ込められた


『大丈夫!?なまえさん、天草!』
「大丈夫ですよ。…ひとまずは、ですが」

スピーカーを通したように部屋中に木霊する藤丸くんの慌てた声に、宥めるように返事を返す。
こちらの声が届くのか不明だったが、ちゃんと届いたようでよかった、と藤丸くんが安堵の息をこぼすが。互いにどうしたものか、と途方に暮れる。

事の発端はというと。
修復を終えた特異点に異常がないか調査するために、私たちはかつて霧のロンドンと呼ばれた頃の時計塔へとやって来ていた。
その地下の道中、やたら不審な気配のする空き部屋があったため、もしものことを考えて藤丸くんたちには控えておいてもらい、私とシロウさんが先行して中を調査しに入った途端。分断されるように部屋に閉じ込められてしまった。

この部屋の元の住民は、かなり高位な魔術師だったのだろう。
なにもないただ真っ白な部屋ではあるが、内部はかなり複雑な魔術が張り巡らせされていて、特定の手順を踏まねば破れぬ仕様になっている。カルデアとの通信も、妨害されているのか繋がらない。
一体何のために作ったのかわからないけれど、これを作り上げるその情熱たるや、感服してしまう。

『なんとか、天草の宝具で壊せないかな?』
「…難しいと思います。これは正規の手順を踏まねば跳ね返ってくる仕様みたいですし、仮に出来たとしても、シロウさんの対軍宝具では全員無傷ではないでしょう」

加えてここは時計塔で、その地下だ。他に同じように魔術が組み込まれているものはあるだろう。もしそれが侵入者を迎撃するタイプのものだったとしたら、誘発する恐れもある。そうなれば、外にいる藤丸くんたちにまで被害が及んでしまいかねない。
だめかぁ、と藤丸くんが肩を落としているのが目に浮かぶほどの落胆した声に、苦笑して返す。

けれど、いくら高度の魔術であっても、時間があれば内部の構造を把握することはなんとか出来る筈だ。この部屋を一種の擬似的な魔術基盤としてみれば、シロウさんにも介入してもらうことも出来るかもしれない。

少々時間をロスしてしまうが、頑張ってそこから脱出のヒントをつかむしかない。

「藤丸くんたちは、先に行ってて下さい。なんとかこの部屋から出てみますから」
『そんなっ…っ』
『っ待ってください!先輩、扉に文字らしきものが浮き出てきました!』

突然、同行していたマシュちゃんのふいの言葉に、どういうことだろうかと扉に近寄る。
こちらの扉には、なんの変化もなく。どうやら、藤丸くんたち外側のほうにしか浮き出ていないらしい。
なんて出たんですか、と扉越しに問えば。なぜだか、先ほどより異様に困惑した空気を返された。

『あー…ええ…と…』
「…どうされましたか?もしや、読めない文字だったとか?」
『いえ…読めないわけではないのです。初めて見る文字なので、書かれている文字自体は読めないのですが。どういうわけか、意味は理解出来ます』

なるほど。観測した者全てに認識させるなんて、かなり強い魔術だ。そうまでして強く訴えかけてくる言葉ならば、藤丸くんたちが困惑するのもわかる。
それで、なんと?と今一度問えば、まだ戸惑っている藤丸くんに変わって、マシュちゃんが緊迫した様子で告げた。

『……"ちゅーするまで出られない部屋"、と』
「は?」

なんと?
固まる私と、やんわり苦笑するシロウさんの認識が誤っていないことを伝えるように『ですから…"ちゅーするまで出られない部屋"と書かれています』と、今度はマシュちゃんも恥ずかしそうに再度告げた。
どうやら、場を和ませるためのジョーク…というわけではないようだ。

『それから、』
「えっまだあるんですか」
『"ちょっとえっちな感じのちゅーで"とも書かれています…』
「シロウさん、宝具を解放しましょう」
「なまえさん、落ち着いてください」

なんてひどい話しだ。
高度に編み上げた魔術でこんなろくでもない拘束をするばかりか、そんな破廉恥な命令まで加えて。ここを作った魔術師はよほどそうまでしなければいけない理由があったのかもしれない…と一瞬でも前向きに考えようとした自分がバカみたいではないか。

藤丸くんの困惑の意味を理解し、肩を落として頭を抑えていると。私より早く冷静になったシロウさんが「こちらの音は、どの程度聞こえますか」と穏やかにマシュちゃんに問うた。

「息遣いや、足音など。そういったものも聞こえるのでしょうか」
『はい、聞こえています。ただ、そちらの環境音がスピーカーを通しているかのような聞こえ方なので、声よりははっきりとはしていませんが』
「なるほど、聞こえ方はこちらと同じようですね。…では申し訳ありませんが、やはりお二方とも先に進んでて頂けないでしょうか」
『だ、ダメだよ!バラバラに行動してもしもなにかあったら…!』

復活した藤丸くんが慌ててシロウさんの提案を再度いさめようとする。
藤丸くんが止めるのも、無理はない。こんな魔術師の腹の中のような場所で分断されるなど、襲ってくれて結構だと言っているようなものだ。
魔術師としてまだ経験が浅い彼でも、いくつもの特異点での経験からその判断を下せるようになっていることの成長を感じ、少しじんと感動する。

「大丈夫です。なまえさんには私がついています。それにおふたりはお強いですから、いざとなれば撃退出来るでしょう」
『天草…でも、だって…』
「…それに、今からなまえさんと"ちょっとえっちなちゅー"をしますから。聞かれると恥ずかしいので、離れていただけると助かります」
『それが一番どんなのか聞いてみたいから、行けないんだろ!』
「藤丸くん?」

本来の目的はそっちか。
思わぬ裏切りにあったようなショックを受け。帰ったら魔術に関する宿題を嫌というほど出してやる、と恨み半分。呆れ半分に考えていると。突然ぐぇ、と藤丸くんがアヒルみたいな声をあげた。
何事かと扉を見つめると少しの無音の間の後、扉の先にいるマシュちゃんが『先輩が失礼しました…』と、代わりに心底申し訳なさそうに謝罪し、ああ藤丸くんに鉄槌が下ったのだな、と。南無三と手をあわせた。

ずるずると遠ざかっていく引きずり音を聞き届けると、さて、と。シロウさんが私のほうに向き直る。

「このようなところで申し訳ありませんが、よろしいですか」
「ええ。条件が条件ですし、仕方ありません」
「おや。私との口吸いは、不服ですか」
「もう、拗ねないでください…」

そんなわけないでしょう、と頬を膨らませると。くすくすと笑って、失礼致しましたとシロウさんの手がやさしく頬を包み込む。
シロウさんの背にそっと手を回せば、大事に触れるように。やさしくシロウさんの唇が私の唇に触れた。
シロウさんの薄い唇にやんわりと食まれながら、ゆったりとした動きで浅い口付けを何度も交わす。
次第にシロウさんの舌がそっと唇に触れ、応えるように少し口を開けば。舌が口腔に侵入し、私の舌を絡め取って吸われる。

「んっ…っんん…ふっ…」

呼吸のタイミングが乱されていき、口から吐息が漏れて行く。無意識のうちに背に回した指先に力が入り、シロウさんの衣服にシワを作っていく。
私を掻き乱すシロウさんは余裕を欠いておらず、頬に触れていた手を私同様背に回しぴったりと包むように抱きしめ、よしよしと片手であやすように頭を撫でる。ちらりと開けた目先で、シロウさんの目がゆるく弧を描いて私を見つめていて。思わずぎゅっと閉じてしまった。

「は…っふ、……はぁ…ッ」

扉が開く気配は、ない。けれども行為だけは、次第にエスカレートしていく。

これはまずい、とそっと唇から離れはふはふと息を吐きながらシロウさんの胸に寄りかかる。先に降参した私の頭を撫でると、すり、と頬ずりし。頬へ、耳へ、首筋へとちゅ、ちゅと絶えず口付けが落とされ、震える体を押して慌てて止める。

「し、シロウさん待って…ッ」
「ダメですよなまえさん。まだ扉は開いていませんから、先ほどので開かないのであれば続けないと」
「だって、それっ…!」
「唇に、とは。言っていなかったでしょう?」

だから、とシロウさんが耳にまた口付けを落とす。

「頑張って扉、開けましょうね」

ああどうか、魔術師に罰が下りますように。
青い顔で私は迫る恐怖にそう口の中で悪態をつくことしか出来ず、今度からは危ないところに無暗に行くのはやめようと。固く誓った。

それから私とシロウさんが無事部屋か出られたのは、三十分後のことだった。