FATE | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

ピエタにすら
なれない


(Apocrypha未読注意)


「あなたの傍にいると、時々苦しくなります」

部屋で二人静かに穏やかな時間を過ごしていた。
本を読む私の膝を枕にし、うたた寝をするシロウさんの髪をゆるゆると撫でていると、眠っていたと思ったシロウさんの声が部屋に反響した。
本から膝元に視線を落とせば、シロウさんのトパーズのような金色の瞳が、どこか遠くを見つめていた。その深い深い心の底の思いがぷかりと浮いてきたような、心だけがどこか違うところへいるようなつぶやきに、私は本を閉じ、シロウさんの頭を撫でる。

「私と一緒にいるのは、辛いですか」
「辛くはありません。とても。とても幸せです。ですが…その幸せが、時折苦しい」

頭を撫でる私の手をとると、指先に優しく口付けされる。私と一緒にいると苦しいと口にした唇で、慈しむように施され、胸が苦しくなる。

彼は幸福を受け止め切れない。
それは過去の自分と、二度目の生を受けてからの自分が、己に課した誓いが今の彼自身の心を阻むのだろう。かつての同胞たちの死、自らの行いを、彼は一生抱えて行く。そこに後悔も、迷いもない。すべての人の死を、悲しみを彼は救うために自らを捧げている。私はそれを、見守ることしかできない。手助けすることも出来ない。

「なまえさんは、苦しくないのですか」
「…なにがですか?」
「私は人類救済を望んでいます。以前もし、聖杯かなまえさんか選ぶ時がきたら迷わず聖杯を取るとお伝えしたのに、なまえさんはそれでも私を慕ってくれる」

それはとても、苦しいのではないかと。

確かに、私はシロウさんから聖杯にかける望みを聞いた。そこに私が付け入るスキがないことも、アナタの一番の希望になることも出来ないことを知った。大好きな人の一番になれないのは、正直に言えば悔しいし、苦しい。
それでも私は、シロウさんが好きなんだ。
そばにいることで、アナタが前を向けるならずっと一緒にいるし、離れたほうが強く生きられるなら、その通りにする。
だって、望みが叶わず、焦燥に苛まれることの苦しさは私にもわかるから。それが、そう簡単に捨てられるものではないということも、分かってるから。
その一番は、絶対に後ろめたさからなくしてはいけない想いだから、どんなに傷付くことになっても、その思いを否定したりはしない。

シロウさんの手をとり、同じように手にキスを落とす。

「苦しいですよ。とても。でもその苦しさも、辛さも、全部背負うって決めましたから。それも全てひっくるめて、シロウさんのことがとても愛おしいんです」
「…なまえさんは、強いお人ですね」
「強いんじゃなくて、ただ馬鹿なだけですよ」

これは、およそ普通の恋人への望みではないだろう。
どんな人間と出会えども、どうあれやはり最後は自分が一番愛されていると順位づけるのが本来のあるべき形なのだろう。
でもそもそも、私はかの聖人に恋し、愛されている凡人だ。もうそれだけで、充分道理から外れている。今更シロウさんのそばにいたい以外、そんな尤もらしい望みは必要ない。
私のことを、みんなごく普通の女だと定義するけれど、そんなことはない。この尊き聖人を独り占めし、縛り付けている時点で。
充分私は、愚者の類だ。

「シロウさんの願いは、シロウさんだけのものです。それは私がどうこう出来る問題じゃないです。でも、いつも言ってますが、シロウさんはもう少し自分を許してあげて、いいと思いますよ」
「…もう、充分。私は許されすぎています」

私の膝から重みが消え、半身を起こしたシロウさんが私と向き合う。
沈痛な面持ちで私を見つめるシロウさんの目は、どこまでも綺麗なのに。私を心から愛してくれているがゆえに、苦渋を強いらせてしまっていることが。
この胸の痛みを感じている自分が、恥ずかしい。

「私は、皆のために人類を救済する。それはずっと、変わりません。それなのに、私はなまえさんを手放せない…信じて私についてきてくれた皆を差し置いて、俺は…一人だけ助かってしまった」

シロウ・コトミネだけの幸せなら、まだよかったのだろう。
けれど"天草四郎"がその幸せを追い求めるのは、欲深だと。

そんなことない。もう貴方は十分苦しんだ。もう、誰かのために戦わなくていい。
そう言葉にするのは簡単だ。でも、それはあまりにも軽率だ。それは、シロウさんの今までの思いを踏みにじる行為になってしまう。
堂々巡りだ。なにかを断ち切らなければ、シロウさんは一生地獄にその身を投げ続ける。成就するまで、何度でも。何十年掛かっても。たとえそれが、間違いだったとしても。

「シロウさん…」
「俺は、君に会えてよかったと思ってる。けど…俺は…救われちゃ、いけなかったんだ」

掛ける言葉が、私には見つからない。
そんな悲しいことを、言わないでと。それすら掛けられない自分が歯痒い。

だって。救っただなんて、この先もシロウさんのことを救えるだなんて、そんな驕ったこと、当の私自身が思っていない。
だって本当に救ったなら、どうしてシロウさんは今も苦しんでいるの。どうして今の自分を誇れないでいるの。

シロウさんに、後悔はない。迷いもない。
でも、本当に?
彼は、ただ人の幸せを願う青年なのに?

泣けば苦しさから逃げることになると、いつもシロウさんは泣きそうな顔のまま堪える。
今も一人前のふりをして、年相応に悲しむことを拒絶するシロウさんが、痛々しくて。

そんなシロウさんを、自分から見捨てることも、幸せにすることも出来ないくせに。
堪えるシロウさんを抱きしめて、そばにい続ける私は。
やはり、愚者でしかないのだろう。