「アスナ、話がある」


けたたましい量の公務を終え疲れ切っているはずの我愛羅が、私の家へやってくるなりそう口を開き、座るように促した。いつも通りにのほほんと紅茶を啜っていた私は驚きながらも、我愛羅と向かい合う位置へと腰を下ろした。そういえば少し前、我愛羅は病院に行ったと言ってたっけ。そんなことを思い出し、嫌な汗と悪寒が背筋を過った。

五代目風影たる我愛羅とお付き合いをして、もうすぐ三年。
お互いもう良い年だ。少し前に我愛羅の姉であるテマリさんが木ノ葉へ嫁いだのを皮切りに、私の周りでもどんどんと所帯を持つ人が増えている。我愛羅の話では木ノ葉の仲間たちもどんどんと結婚していっていて、今では独身者のほうが少ないくらいらしい。

私も我愛羅との結婚を考えないこともないけれど、何分相手は五影とも称される砂隠れの里長だ。一住民たる私がどうこうできる権利も立場もない。それでも、夢は見ている。我愛羅と過ごす、幸せな未来を。いつか生まれる私たちの子供と、一緒に笑い合う最高の日々を。


「…どうしたの、急に」
「…」


短くない沈黙が部屋中を覆う中、そんな空気に居たたまれなくなった私が口火を切ると、我愛羅は短く息を吐いて、白くなるほど握られた自身の拳を見つめた。


「…ずっと、言わなければいけないと思っていた。隠しているつもりはなかったんだ。だが、言う勇気が出なかった」
「…うん」
「もしかすれば、今から俺が言う言葉は、アスナにとってとても残酷なことかもしれない。そのことを前提として置いたうえで、聞いてほしい」
「…わかった」


珍しく緊張した様子の我愛羅を見つめていると、彼はようやく頭を上げて、その翡翠色の瞳で私をじっと見据えた。


「俺は、子を望みにくいそうだ」
「……え、」


そんな我愛羅の言葉は、先刻夢見たはずの私の未来に、ぴしりとした亀裂を生んだ。
なんの言葉も見付からずに呆ける私を視界に収めた我愛羅は、悲し気にゆるりと視線を伏せる。


「アスナも知っていると思うが、俺は、一度死んだ」
「…」
「チヨバア様に命を貰って俺は今ここに生きてはいるが、その転生術の影響が出ているらしい。先日病院に行ったのもその検査だ」
「…」
「全く望めないことはないが、その確率はごく限りなく低いと、奇跡に近い確率だとそう言われた」
「…」


なぜだか、物凄く泣きたくなった。

先代の風影様の子として生まれ人柱力にされ、決して恵まれたとは言えない幼少期を我愛羅は過ごした。住民のみならず家族からまでも愛を貰えず、化け物、どこかへ行けと、何処へ行っても我愛羅には孤独が付いて回った。うずまきナルトと出会い、愛を知り、皆と共に歩みを進め、やっと孤独でなくなったと思えば、暁の襲来で命を落とし。挙句自身の子を望めないかもしれないなんて。

もし、この世界に本当に神というものが存在しているなら、私は絶対に許さない。
なんで、なんで我愛羅にばかりこんなに苦しい思いをさせるの。なんで我愛羅の進む道にばかり、壁をつくるの。おかしいでしょう、ねぇ。我愛羅が何をしたっていうの。必死になって孤独から這い出て、皆と支え合って生きているのに。

私が今抱いている感情が、子供を望めないかもしれないことに対する絶望なのか、我愛羅に対する同情なのか、それとも我愛羅の運命に対する憤怒なのかはわからない。けれど、ひとつだけはっきりと言えること。それは――


「それでも私は、我愛羅といたい」
「!」


そう頬に流れる涙をそのままに、さもそうすることが自然であるかのように溢れた私の言葉に、我愛羅はゆっくりと瞠目した。


「我愛羅との子供が欲しくないって言ったら嘘になるけど…。でも、我愛羅さえいてくれたらそれでいい」
「…アスナ、」
「だから、我愛羅」


「わたしと、結婚してください」


一住民である私には、里長たる風影様にこんなことを言う資格も権利も立場もない。
けれどそれ以前に、私は“我愛羅”という、ただ一人の男の恋人だ。

風影だとか、里長だとか、今はどうでもいい。
幸せな未来に亀裂が入ったのなら、新たな幸せを見つけて二人で埋めていけばいい。

私は我愛羅と、家族になりたいんだ。


じっと見据えてそう言えば、やっと体の力を抜いた我愛羅の親指が、私の頬を、割れ物に触るかのように優しく撫ぜる。


「……おまえには本当に、ずっと、翻弄されてばかりだな」
「?」
「俺がここまで悩んでいたことを、おまえはものの一瞬でかき消してしまった」
「…ん?」
「そういうことは、男の俺に言わせてほしい」
「!」


すっと伸びてきた我愛羅の腕に掻き込まれ、どくどくと脈打つ我愛羅の胸に額を当てられた。


「アスナ」
「…っ、はい…」



「好きだ。俺にはアスナしかいない。俺の家族になってくれ」





fin.








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