ガチャリと玄関の扉が開く音で目が覚めた。
気配を探ろうと一瞬だけ気を張ったところで、ふっとまた目を閉じた。慣れ親しみすぎたその気配は、普段なら絶対しない二度寝という娯楽に僕を誘おうとしてくるから困る。
その音の主がとんちんかんな鼻歌なんかも奏でながら、次に訪れたのは台所。冷蔵庫が開く音。食材らしきものを置く音。平和で幸せすぎるそんな音達が僕の耳を刺激してくる。元来そこまで聴覚は冴えていないけれど、それ以外の音が我が家には皆無だから目立ってしまうのだろう。
トントンと食材を刻む音。ジュージューとフライパンで何かが熱されていく音。あぁ、こんなに平和なのは、熟睡したのはいつぶりだろうかと考えてみて、月を数度跨いだのだと思い浮かんだ。大蛇丸の監視任務に志願してからというもの、里に帰るのは週に一度の報告のみのため。それが終わればすぐにまた戻り、任務に熟す日々だった。
彼女に申し訳ないことは自覚している。
仮にも僕は恋人だ。一番そばにいて、一緒の時を過ごして、彼女を幸せにしてあげなければならない。
けれど、あの任務に就くべき人間は、就ける人間は、僕しかいなかったのも事実。
大蛇丸の実験体として育ち、大蛇丸によって改変された身だ。だからこそ、僕があの人を監視し続けなければならない。僕のような者を後世に出さないためにも、歯止めができるように。
そんな僕の我儘を、彼女は笑って受け入れてくれた。僕がそうしたいならすればいい、私はここで待ってるから、と。
殺伐とした、代わり映えのない日々を送る中で、彼女の存在が僕にとって、唯一の光明だったんだ。
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「──ト、ヤマト起きて」
「……んん、」
優しく響く声と揺すり起こされた振動で、やっと意識が覚醒した。どうやら耽っていた辺りで二度寝に興じていたらしい。
未だぼやける視界に映る数ヶ月ぶりの恋人の姿に、寝癖を爆発させたまま上体を起こし、ベットの脇に立つ彼女にぎゅっと抱きついた。
「お、わっと。…ふふ、久しぶりだからか甘えたさんだねぇ」
そう言いながら笑って、優しく僕の頭を撫でてくれる彼女の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。
落ち着く、優しい匂いだ。
それは物理的な匂いではなく、精神的支柱とでも言うような、本能的に安心感をもたらしてくれる、そんな匂い。
「すっごく嬉しいんだけど、ご飯が冷めちゃうから起きてくれると嬉しいな」
「……ん、わかったよ」
「顔も洗って、髪も直しておいでね」そう言って僕の頭に唇を落とした彼女は先に寝室を出ようと扉に向かっていった。
こんなこと、現状僕が言えることじゃないのはわかっている。彼女を置いて里を出、寂しい思いをさせていることもわかっているから。
けれど、一度火がついてしまった気持ちは、心の中に溢れた言葉は、止まらない。
「ねぇ、僕の家族になってほしいんだ」
足を止めてから少しして振り返った彼女は、笑いながら泣いていた。
それは褪せれど赤い糸
こんな私で良ければなんて、僕にはもったいない人だ。
fin.