03





――ふと、私の手に温かい何かが触れた。

うっすら目を開けると、桃色の何かが忙しなく動いてる。
ぼーっと焦点の合わないままそれを見てると、桃色の髪に翡翠色の大きな瞳が私の顔を覗き込んだ。


「マリナ!?」
「……サクラ、ちゃん?」


掠れた声が絞り出すように出た。

そうか、ここは天国か。夢を見てるんだ。
だって私は、シカマル先輩の腕の中で…。


「…マリナ、よかった」
「…ここは、天国?」
「何バカなこと言ってんの!木ノ葉病院よ!」
「…びょ、いん?」


なんで私は病院にいるの?
あ、そっか。霊安室も病院にあったんだっけ。

あれ?でもおかしいな。
霊安室なのに、私おばけのはずなのに、なんでサクラちゃんと話せてんの?


「気分はどう?あんた、一週間も意識が戻らなかったのよ。無茶しちゃってまったく。シカマルが急いで連れて帰ってこなかったらどうなってたか」
「…せん、ぱいが?」
「そうよ。シカマルがあんた抱えて血相変えて飛び込んできたの。あと一歩遅かったら、あんたホントにおばけになってたわよ」


「シカマルに感謝しなさいよね」
なんてサクラちゃんの声に、不謹慎にも顔が緩む。


そっか。私、まだ生きてるんだ。
それも先輩が連れて帰ってきてくれたおかげなんだ。

ありがとう、先輩。やっぱりあんたは凄いや。


「目ぇ、覚めたのかよ」
「!」


そんな声が聞こえてその方を見ると、病室のドアにもたれかかって腕を組み眉を寄せる大好きな人がいた。


「…先輩、」


そう言って身体を起こそうとするけど力が入らない。
背中に痛みが走って顔を顰めると慌ててサクラちゃんが支えてくれた。


「安静にしてなきゃダメよ!傷はまだ塞がってないんだから」
「…でも、」


先輩を安心させたい。私は大丈夫だよって早く言いたい。先輩のおかげで生きてるよって早く伝えたい。

気持ちばかりが焦って、やっぱり身体は言うことを聞いてくれない。


「…サクラ、悪ぃけど外してくれねぇか。こいつと二人で話してぇことがある」


シカマル先輩がそう言うと、サクラちゃんは私を寝かせて静かに病室を出て行った。
ドアがパタンと閉まると、先輩はふーっと息を吐いて私が寝てるベッドの隣に来た。


「…ったく。無茶しやがってこのバカ」
「…すんません」
「あとちょっと遅かったらマジで危なかったんだぜ」
「…」


返す言葉もない。
私より強い先輩を庇って死のうなんて百年早かった。


「…んでも、」
「!」
「無事でよかった」


そんな先輩の言葉が聞こえてパッと見ると、そこには安心したような優しい顔の先輩がいた。

そうだ。私が見たかったのはこれだ。
この優しい先輩の顔が見たかったんだ。


「それに、言い逃げなんて許さねぇぜ俺は」
「!」


そうだった。最後だと思って告白しちゃったんだ。
やっちゃった。まだ全然追いつけてないのに。

すると先輩の頭が私の胸にトンと落ちてきた。
びっくりしすぎて固まっていると、深い息を吐いた後先輩が絞り出すように呟いた。


「…俺もだ」
「…?」


…なんのこと?話の脈絡から行って告白のこと?
いやでもまさかそんな都合のいい話ないよね。いいように解釈しすぎだよ、私。

お花畑すぎる思考にゆるりと首を振ると先輩がまた呟いた。


「…俺も、マリナが好きだ」
「!!」


今度は思考がショートした。

先輩が、私を好き?
…やっぱり夢だ。これは夢に違いない。こんな幸せすぎる展開が待っているはずがない。


「俺もまだ気持ち伝えてねぇのに言い逃げなんてしてんじゃねぇバカ」
「…」
「この一週間俺がどんだけ心配したと思ってんだバカ」
「…」
「…んでも、マジでよかった」
「…ごめん、先輩。あと、ありがとう」
「…おう」


先輩の腕が背中に回る。傷に障らないように、でもギュッと強く抱きしめてくれる。
あったかいなぁ。やっぱり私、生きてるんだ。生きてるから、先輩のあったかさがわかる。

こみ上げてくる恥ずかしさとそれ以上の嬉しさに、力の入らない腕を先輩の背中に回した。


「…あと、よ」
「?」
「…あれ、過去形…なのかよ」
「??」


何言ってんだこの人は。過去形?なんのこと?

さっぱり理解できない先輩の言葉にハテナが何個も浮かぶ。
すると先輩はため息をついて、細い声で言う。


「…だからよ、その、大好きでしたって、過去形なのか?」
「!」


あぁなんだそういうことか。んなわけないでしょうに。
不安そうな顔なんて先輩には似合わないよ。顔見えなくてもわかりますから私。

いつも強気に「めんどくせぇ」って言っといてくださいよ。


「…だいすき、です」
「!」
「先輩のこと、好きで好きでたまんない」


私がそういうとパッと顔を上げた先輩は驚いた顔をしていた。
今日はずいぶんと百面相ですね、なんてしょうもないことを考えてみる。

きりりとした目をこれでもかと見開いてたかと思えば耳まで真っ赤にして俯いた先輩は片手で顔を覆うとまた絞り出すように呟く。


「…それ、すっげぇ殺し文句なんすけど」
「?なにがですか?」
「…自覚なしかよ」
「だからなにが?」


ムッとしながら問うと「なんでもねぇよめんどくせぇ」って私の頭をクシャッと撫でた先輩。

ああ、いつも通りの先輩だ。私の大好きな先輩だ。
やっぱり嬉しくなって顔の緩みを抑えられないでいると、先輩も嬉しそうな顔をしていた。


「マリナ」
「はい」
「…付き合、うか?俺と」
「…喜んで!」



――こうして私は、先輩の彼女になった。


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