02




家の真ん中で膝を抱えた日からもうすぐ一週間。あれから変わらずマリナさんの姿は見ていない。俺はなにかマリナさんの気に触ることをしてしまったんだろうか。嫌われるようなことをしてしまったんだろうか。そんなことを何度考えても、答えが出る事はなかった。嫌われるどころか会ってすらいないこの状況で、俺の考えられることはそれが限界だった。


「…カカシ、また修行してるの?」
「…うん」


家にいても父さんやマリナさんのことを考えてしかいられないので、最近は朝日が昇ってから家を出て、アカデミーに行って、夜も遅くなるまでずっと演習場にいる。そんな俺の元に時々やってくるリンは、いつも心配そうな面持ちで俺を見つめた。


「体を壊すといけないから、アカデミーがお休みの日くらいお家でゆっくりしたら?」
「……」
「…まだ会えてないの?マリナさん」
「!」


そんなリンの声に、俺は修行をする手をピタリと止めた。
正直、今その名前は出して欲しくなかった。やっとマリナさんのことを考えないでいられたのに。考えても考えても答えが出ない迷路みたいな頭の中を、やっとリセットできていたのに。


「……なぁ、リン」
「ん?」
「俺、マリナさんに、何か悪いことでもしたのかな」
「…え?」


背中から感じるリンの視線は、戸惑いに揺れている。きっといつもは強気な俺が弱音を吐いていることに驚いているんだろう。けれど俺も人間だ。ずっと俺の弱音の履き口になってくれていたマリナさんが俺の前に姿を表さない今、一人で抱えるには重すぎる問題が多かった。そんな俺にリンは言葉を選ぶように思案し、おもむろに口を開いた。


「…カカシは、何かマリナさんに悪いことをしたと思うの?」
「…いや。でもそうとしか考えられないんだ。俺が何かしたなら教えてほしいし、そのことについて謝りたい。でも、マリナさんと会えない…」


「マリナさんに、会いたい」
心の中でずっと言い続けていた言葉が、ついに溢れた。

いや、マリナさんが会いたくないならいい。一目だけでも顔を見られたらそれでいい。だから、マリナさん。


「俺の前に、来てよ…っ」


せめてものプライドで、リンに背を向けたままの俺の頬に、一筋の涙が伝った。きっと俺の肩は情けなく震えていることだろう。

そんな俺を、リンが後ろからぎゅっと包み込んだ。リンに、抱きしめられている。マリナさんとは違う、小さな体。非力な、体。なのになんでだろう。まるでマリナさんに抱きしめてもらった、あの日のような感覚がする。


「…きっとマリナさんは、カカシのそばにいるよ。顔を見られなくても、声を聞けなくても、きっと、カカシのそばにいる」
「…リン」
「だからカカシ、」


「泣かないで」
そんなリンの優しい声が、言葉が、やっぱりマリナさんと重なる。なんでだろう。リンなのに。マリナさんじゃ、ないのに。


「……ごめん、リン」
「ううん、いいよ。もう平気?」
「…ん」


ごしごしと涙を拭いながらそう言えば、リンはゆっくりと俺から離れた。なんだか名残惜しい。リンにマリナさんを重ねるなんて、最低だ。


「…もし、カカシが話したくなったら、またお話聞くね」
「…ん」


そう言って俺の頭をぽん、と撫でたリンは、「今日はゆっくり休んでね」と笑みを浮かべて帰っていった。その背中を眺めながら、俺は口を開いた。


「……ありがとう」




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