「……来るのが遅れてすみません、先生」
そっと、共同墓地の外れにぽつりと置かれた石の前に花を供えた。
ずっと、ここに来る勇気がなかった。来られるわけがなかった。だって、──先生を死なせたのは、私のようなものなんだから。
「…どの面下げて来たんでしょうね、私」
守りたかった先生に守られて、挙句その先生を死なせて。託された先生の宝物も、常に悲しみを灯す瞳にさせてしまって。
私は、先生の弟子、失格です。
「今日は、先生にご報告に来ました」
ふわり、優しい風が吹く。
昔、先生が私の修行を見てくれた時に感じた風と、同じ匂い。
「先生、私──」
・
・
「なぁリン、マリナさん見てない?」
「え?見てないけど…」
「……そう」
最後の頼みの綱だったリンでさえ見てないのか…。
一ヶ月前から、マリナさんの姿を見ていない。それまではちょくちょく里で見かけてたから元気にしてるならいいと思っていたけど、さすがにそんなに悠長なことを言っていられなくなってきた。
父さんが死んで、もうすぐ二ヶ月。
あの日家に帰ったら、父さんが自室で腹を切っていた。そのすぐあと駆け込んできたマリナさんは、呆然とする俺をぎゅっと抱きしめ、小さく何度も、「ごめんね」と謝っていた。
それは、俺にこの光景を見させたことなのか、それともそれ以外に俺に謝る理由があったからなのか。どのみちあの日からマリナさんとまともに会っていないので真相はわからない。
父さんが自害した理由が理由なので、葬儀は内々で小さく執り行われた。参列したのは三代目様と、その他父さんを慕っていた数名。その中に、マリナさんの姿はなかった。
「いったい何してんだよあの人…」
思い切り強く抱きしめられたあの日から、マリナさんはぱったりと俺の前に姿を表さなくなった。けれど時々気配を感じる日もあったので、なにか俺に会いたくない理由でもあるんだろうと深く考えなかった。
…いや、考えたくなかっただけかもしれない。
父さんがいなくなって、俺は一人になった。この広い家で一人。前からずっと一人ではあったけれど、それは父さんが帰ってくるのがわかっているから待っていられたんだ。いつ帰ってくるんだろう、いつ、帰ってきてくれるんだろう。そんな期待に胸を膨らませ、帰ってきてくれた日には内心とてつもない嬉しさと、安堵に見舞われたのを覚えている。
つい、三ヶ月前までの出来事だ。
二ヶ月前、任務から帰ってきた父さんはえらく疲弊していた。いつもとは比べ物にならないほどに。目の下にくっきりと刻まれた隈、一週間ほどの任務だったのに少しばかりやつれた体。「しばらく休みをもらったんだ」そう言って笑った父さんの顔が、無理をしているのは丸わかりだった。
そして、二ヶ月前のあの日を迎える。
「マリナさんまで、俺を一人にするのか…」
人の気配がまるでなくなった家の真ん中で、ぽつり、そう呟いて膝を抱えた。