09




「報告はこれで以上になります。この任務も今日で無事終わりましたので、この件の報告もこれで最後かと」
「ん、わかったよ。長い間ご苦労様」
「…いえ」


…なんで今あたしはこんなにもきょろきょろ視線を泳がせてるのか。
その理由はカカシ先生が頬杖をつきながらあたしを見てにこにこしてるから。

なんだよああもう今日も格好良いな!顔の半分見えてないのになんでこんなに格好良いんだよ!
なんだか自分でもよくわからないキャラクターが自分の中で出来上がっちゃってると、気づけば「よいしょ」と立ち上がった先生をきょとん、と見てた。


「さて、今日はもう任務はないよね?」
「え?あ、はい…じゃなくて、うん」
「はは、よろしい。それじゃ帰ろうか」
「え?仕事は?」
「今日はもう終わり。マリナが帰ってくるのを待ってたんだ」
「…そ、うなんだ」


「ん、」と差し出された手を恐る恐る握って先生と一緒に火影邸を後にした。


先生と結婚することになって、約束したことがある。

まず一つは、敬語をやめること。
これから夫婦として一緒に暮らしていくのにずっと敬語っていうのはやだ、ってことらしい。今まではため口半分敬語半分だったそれを完全にため口ってことで、まだ慣れてなくてときどき敬語が出るたびに先生にチョップされてる。

そして二つめは、出来るだけ一緒に過ごす時間を作ること。
これは絶対だ、って先生がごり押ししてきた。あたしが先生とお別れしようとした原因の一つが先生と一緒に過ごせないってことだったから、もうあんな想いはしたくないって半泣きになりながら言ってたっけ。

夫婦が仲良くやっていくためにある程度の約束が必要だと思うあたしにとって、この約束はとても特別なことだった。
火影としていろんな面で大変な先生が忙しい合間を縫ってあたしのために考えてくれた約束。だからどんなことがあっても守らなきゃね。



「はーいただいまー」
「た、ただいまー」


あの日ポストに返したけど「これはマリナが持ってて」って改めてもらった合鍵を使って先生の家に入る。
いや、先生の家っていうか少し前からあたしもここに住んでるからあたしの家でもあるんだけど。でもやっぱりまだ慣れてないから仕方ない。


「あー疲れた。ねぇ、飯どうする?なんか食べに行く?」
「ううん、ささっと作るよ。先生はお風呂に入ってきたら?」
「お、じゃあそうさせてもらおうかな」


「今日の夕飯はなにかなー」って気持ちスキップしながらお風呂場に向かう先生の背中を見てくすっと笑った。

ちゃんと一緒に過ごすようになってわかったことは、先生は意外と甘えん坊なところがあるんだってこと。
これも結婚するから知っておいてほしいって先生に教えてもらったのは先生の昔の話。

先生が生まれてすぐにお母さんが亡くなって、お父さんも先生がまだ小さいころに亡くなって。それからずっと先生はひとりきりだった。だから誰を頼ることもなく誰にも甘えることもできずにずっとひとりで生きてきた。本当なら親に甘えて愛情をたくさんもらって育っていくときだったろうに、そのころの先生のことを思うと胸がちょっぴり苦しくなる。

だから、そのころの寂しさを埋めるように今あたしに甘えてくれてるんだ。子供のころに先生が出来なかったこと、やりたかったことをあたしと出来ればいい。
ちょっとだけ余裕ができた今はそう思えるようになった。



「…さて、ご飯作ろう」









「ふー。ごちそうさま、今日も美味しかったよ」
「おそまつさまでした」


食後のお皿洗いは先生の係。慣れた手つきでお皿を洗っていく先生の隣にお皿を拭くためにスタンバイすると、先生はなんでか幸せそうに笑った。


「な、なに?」
「いやね、俺が洗い終わるのを待ってるマリナも可愛いなぁってね。新婚っぽいじゃないこういうの」
「…改めて言わないでよ恥ずかしい」
「はは」


そう言いながら笑う先生に恥ずかしくなって持ってた布巾で顔を隠したけど「耳真っ赤。隠れてないよ」ってまた笑う先生の肩をぽかっ、と叩いた。


「あ、あのさ」
「…なに?」
「いや、こないだマリナが作っといてくれた飯、あれ美味かったって言ってなかったなって思って」
「こないだ?」
「ほら、まだ付き合ってたときに俺が帰る前にマリナが帰っちゃった日」
「…あぁ、あの日ね」


あたしが勝手にいじけて帰っちゃった日だ。
あの日のご飯、ちゃんと食べてくれたんだ。久しぶりに先生と一緒に過ごせるからってはりきりすぎていっぱい作っちゃったけど、そう言えばその次に来たときにはもう何も残ってなかったっけ。


「今だから言えるんだけど本当は俺、あの日マリナにプロポーズしようと思ってたんだよね」
「!」
「だから早く帰りたかったんだけど、急な会議が入っちゃって家に帰ったのが日付変わってしばらくしてからだったんだ」
「…そうだったんだ」
「もしかしたら待っててくれてるかも、って急いで帰ったんだけどお前いないしポストに鍵入ってるしで慌てて家に行ったんだよね」
「…」
「でも家にもいないしそれでマリナがいそうなところ片っ端から探したけど結局見つからなくて、明日ちゃんと話そうと思って帰っちゃったんだよね」


「ま、今が幸せだから言える話なんだけどね」そう言って笑う先生に唇をかみしめて顔を伏せた。
先生も疲れてるのに、わざわざそんな夜中に探し回ってくれてたなんて。なんだか申し訳ないしやるせない。


「…ごめん先生、あたし、」
「いいよ。お前が謝ることじゃない」
「…」
「言ったでしょ、今が幸せだからいいの。それで十分だよ」
「…うん」


「あたしも幸せだよ」そう言いながら笑ったのに頬を伝ったのは涙。そんなあたしを見て困ったような顔の先生はどこからか出したハンカチで涙をぬぐってくれた。「ごめん、俺も今手が濡れてるから」そういう先生に今度こそ笑った。


「マリナ」
「…はい」
「俺と結婚してくれてありがとう。絶対幸せにするから」
「…あたしこそ、結婚してくれてありがとう。絶対先生のこと幸せにする」


そう言って先生のほっぺたを両手で挟んでおでこを合わせた。




――あの日、先生のことを想ってずっと泣いてたあたしに言いたい。


もう少しで世界で一番幸せになれるよ、って。






fin.
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