「…っ、」
あてもなく走りながら頭の中に浮かぶのは、やっぱり優しい先生とすごした大切な大切な思い出で。
初めて先生の家に行ったとき、初めて先生に手料理を作ったとき、初めて先生の誕生日をお祝いしたとき、初めて記念日をお祝いしたとき。いろんな記憶が頭の中を巡っては消えていく。
荒い息で足が止まったのはやっぱりいつもの河原。へたり込むように腰を下ろせば、ゆっくりとした川の流れとおんなじようにあたしの頬に流れるのは涙。もう泣かないって決めてたのになあ。
これで本当にカカシ先生と一緒にはいられないんだ。本当に大好きだった、…いや、今でも、だ。
こんなに止まることなく涙が出てくるってことは、あたしはまだ先生のことが大好きなんだ。大好きで大好きでたまらない。できるなら、たとえちょっとの時間でも先生と一緒に過ごしたい。なんでもないただの日でも、先生と一緒にいられたらそれだけで最高に幸せな日になる。
でももうそんな日は、来ない。
「…カカシ、先生っ」
抱えた膝におでこをくっつける。
本当に、あたしにとってはこの五年間は本当に幸せだった。寂しいことも多かったし苦しいこともいっぱいあったけど、でも今思い出すのは優しい大好きな先生のことばっかりで。だから余計に胸が苦しくなる。いっそのこと全部忘れられたらどんなに楽かな。先生のことが嫌いになれたら、きっとこんな苦しい思いはしなくてすむんじゃないのかな。
そう思う自分がいる一方で忘れたくない、嫌いになりたくないと思うわがままなあたしもいて。
「やっぱりここにいた」
「!」
後ろから聞こえた声に弾かれたように振り返ると、ちょっとだけ息を弾ませながら佇むカカシ先生がいて。追いかけてきてくれたことに喜んでるあたしがいる。だけど、だめだ。ここで浮かれちゃったらせっかく決心した心が揺らいじゃう。ここで流されちゃダメだ。そう思いながら川に目を向ける。
「…どうしたんですか、こんなところまで」
「まだ話は終わってないからね」
「…あたしはもう終わりましたから」
隣にどさっとカカシ先生が腰を下ろしたのと同時に立ち上がる。ふーっと息を吐いてやっぱり川を見た。
「あたしは、もうこんな関係は続けられないんです。もう、ダメなんですよ」
「…」
「カカシ先生。今まで本当にありがとう、あたし幸せでした」
「…あぁ、俺もだよ。だからこんな関係はもう終わりにしよう」
「!」
ああ、ダメだ泣く。自分から言ったくせに、いざ先生から言われたら苦しい。なんて勝手なんだろう、なんて子供なんだろう。もう、本当に嫌だ。
「…っじゃあ、これで…!」
「もう終わりだよ、こんな関係は」
これ以上ここにいたらまた泣いちゃいそうだから早くここを離れたくて、また溢れそうになる涙はせめて見せないようにしたくて足を踏み出そうとしたら、また先生に腕を掴まれた。先生はそのままゆっくりと立ち上がる。
「行くよ」
「!…え!?ちょっ、先生!!」
ぐいぐいと腕を引っ張られてそのまま引きずられるように歩いた。
無言のままどんどん迷うことなく足を進めていく先生の背中は、なにかを決意したように見えた気がした。