「カカシさん、そろそろですよ」
「あぁ、行くか」
あれからもうすぐ六年が経とうとしている。
カカシさんとも少しずつ距離を縮めていくことができて、でもまだ付き合うには至ってない。それでも何かあればカカシさんに話しかけるし、カカシさんも私に話しかけてくれる。何度も二人でご飯にも行ったし、もう“ただの後輩”ではなくなった。友達、ぐらいにはなれたと思いたい。
その間に、木ノ葉や忍界ではいろいろなことがあった。
あの直後に私は上忍に昇格して、カカシさんと一緒に任務に出ることも多くなった。そして大蛇丸の木ノ葉崩しによる三代目様の殉職や、次ぐ五代目綱手様の火影就任。暁のペインによる木ノ葉襲撃や、一番大きかったのは、第四次忍界大戦。
あの戦争でカカシさんは、ずっと戦場を共にしてきた写輪眼を失い、ぼーっとすることが多くなった。そんな彼を、私はできるだけ支えてきたつもりだ。無気力に、ひたすら戦後の処理任務に追われる彼を休ませたり、食欲のない彼に消化に良いご飯を作ったり。私なりにやれることはやったつもり。
そんなカカシさんは一年前、六代目火影に就任した。
あの頃から次期火影候補と名高かった彼だけど、本当に火影になるとはだれが思っていただろう。彼はとても自己評価が低い。あれだけの実力や人望なんかを持ってて、それでも彼の口癖は“俺なんて”。そんな弱気な彼の背中を何度叩いて前を向かせたか数え切れないなあ。
そして、今日。予定よりも一年延びた任期を無事満了して、カエデさんが帰ってくる。
それを六代目のカカシさんと一緒に、秘書役の私も「あ」「ん」の門まで迎えに行くことになってて。
「カエデさん、無事に帰ってこられそうでよかったですね」
「あぁ、そうだな」
「あの大戦のときも、裏でいろいろ動いてたって聞きましたけど」
「綱手様の指示でな。長期組はもれなく医療班の護衛に当たってたらしいよ」
「たしかにカエデさんは医療忍術もできますもんね」
「優秀だからな、あいつは」
「…えぇ」
まっすぐ前を向きながら気持ち誇らしげにそう言うカカシさんに、六年も経ってるっていうのにずきんと胸が痛んだ気がした。
そうこうしている間に、気づけば門の前。
門から真っすぐ伸びる道の先に、二人分の人影が見えた。
「…もしかして、マリナちゃん?」
「カエデさん!」
久方ぶりに見る大好きな人の姿に思わず駆けよれば、いつかよりもずっと綺麗になったカエデさんと、その隣には男の人がいる。
「…この方は?」
「…言ってなかったわよね。実は私、二年前に結婚したの」
「!…じゃあ、この人は…」
「そう、私の夫よ。任務先の近くの商人なんだけど、私の帰還と一緒に木ノ葉に来てくれることになってね。これから火影様に報告しに行こうと思ってたの」
「…そう、なんですか」
そう言って綺麗に笑ったカエデさんの左手には、きらきらと光る指輪がはめられているわけで。そんな彼女は、いつかのカカシさんに向けたそれと同じ笑顔をこの男の人に向けている。
ああ、そうなんだ。カエデさんは新しい人を見つけたんだ。幸せを、見つけたんだ。
そう分かれば、私の頬を伝うのは涙。
「マリナちゃん、泣かないで」
「…すい、ません…」
いつか、私が彼女にしたように、私の頬に手を当てて優しく涙を拭ってくれるカエデさん。
そんな様子を、温かく、優しく見守るカエデさんの旦那さん。
「おかえり、カエデ」
いつの間にか私の背後に立ったカカシさんは、優しい声をカエデさんにかける。
「…火影様。上忍カエデ、ただいま任務を満了し、帰還いたしました」
「ま、そんなにかしこまらないでよ。長い間ご苦労だったね。…で、その人が言ってた旦那さん?」
「!」
その人がって…カカシさん、もしかして知ってたの?
「えぇ。この人の移住許可を頂きたいのです」
「もちろんさ。木ノ葉隠れの里へ、ようこそ」
「あ、りがとうございます…火影様」
「はは、そんなにかしこまらないでください。長旅でお疲れのことでしょう、どうぞ今日は宿でゆっくり休まれてください。今後のことはまた後日と言うことで」
「そうさせてもらいます。あなた、行きましょう」
「あぁ…し、失礼します」
ぺこりと頭を下げた二人は、仲睦まじく宿へと向かっていった。
それを見送ったのち、私はカカシさんに向き直る。
「…カカシさん、もしかして、知ってたんですか?」
「なにが?」
「…カエデさんが、結婚したことです」
「…あぁ。二年前にあいつから手紙が来てね。今度結婚することになったと、それだけ」
「……それで、カカシさんは、なんと…?」
ばくばくとうるさい心臓をそのままに、じっとカカシさんを見る。
ちらっと私を見たカカシさんは、視線を変えて続けた。
「“おめでとう”と、それだけ返したよ」
「…それだけ?」
「正直な話、あいつが結婚するって聞いても何の感情もなくてな。ただ素直に、おめでとうと、そう思った」
「…」
「なんでなんだろうな。あんなに好きだったはずなのに、俺はそんなに薄情な人間だったのかなとも思ったさ」
「そんなことないです。カカシさんが薄情だなんて、そんな…」
私がそこまで言うと、カカシさんは手で制した。
そのまま言葉を止めた私に、カカシさんは真っすぐ向かいあう。
「俺、やっとわかったんだ。なんでカエデが結婚したと聞いても、嫉妬したり悲しんだりしなかったのか」
「…」
「俺にはずっと、おまえがいてくれたからだよ」
「!!」
カカシさんのそんな言葉と笑顔に、私は目を見開いた。
カカシさんが今私に向けている笑顔は、かつてカエデさんに向けていたそれと同じもの。…いや、もしかすれば、それ以上の輝きを持っている。
あの日、嫉妬と羨望交じりに欲しいと思ったものが、六年の時を経て、手に入った。
そしてカカシさんは、私の頬に手を添えた。
「おまえのことが好きだ、マリナ」
「…っ」
溢れる涙を、堪えることができなかった。
どうしよう、幸せすぎる。こんなに幸せなことがあっていいんだろうか。
「…返事は?できればイエス以外は受け取りたくないんだけど」
「……」
私の頬を流れる涙を拭いながら、カカシさんは至極優しく微笑む。
嫌なわけない。イエス以外なわけ、ないじゃないですか…。
「……私も大好きです、カカシさん」
「…ありがとう」
今度は優しい腕に身体全体を包み込まれた。
――幸せそうな二人の姿に、何度も何度も嫉妬した。
何度も何度も、苦しくて、悲しい思いもした。
だけどカエデさんは新しい幸せを見つけて、カカシさんは私を選んでくれた。
私は今、間違いなく、一番の幸せ者だ。
たぶん、きっと、運命だった
fin