07




ゆっくりと眼を開けると、広がるのは一面の白。
ツン、と鼻につく消毒液の匂いでここが病院なんだと察した。

私、生きてる。
手、足と順番に動くのを確認してほっ、と息を吐く。どうにか五体満足で帰ってこられたらしい。最後に眼を動かすと、視界に入った人物に息をのんだ。


「カカシ、さん…」
「!」


思ったより掠れた声が出て驚いた。そんな私より驚いたのが、目の前のカカシさん。
もしかして、ずっとこうしていてくれたのかな。私が目を覚ますまで、ずっと。だとしたら申し訳ない。カカシさんにはカエデさんのそばにいてあげてほしいのに。


「気が付いたか。気分はどうだ?」
「…身体は動かしにくいですけど、それ以外は」
「そうか、よかった」
「私、どのくらい寝てました?」
「一週間。ぴくりとも動かないから肝が冷えたよ」
「…そんなに」


まさかそんなに経ってたなんて、また驚いた。
今までどんなに大怪我をしても三日で目が覚めてたのに、一週間もか…。


「出血が多くてな。医者いわく、里についた時点でぎりぎりだったらしい。間一髪ってところだな」
「そうなんですか…ご心配おかけして、すみません」
「いいや、俺の不注意だ。俺がもっと早くお前たちのところへ行ってれば…」
「…そうだ、カエデさんは…?」
「…」


私がそう聞くと、カカシさんは窓の外を眺めた。


「…カエデは昨日、長期任務に出たよ」
「長期、任務…?」
「…あぁ。最低でも五年はかかる任務だ」
「!」


五年って…!
思いもしなかった言葉に思わず体を起こそうとすると、腹部に走った痛みでベッドに逆戻り。「こーら。無理しないの」と、カカシさんは乱れた布団を掛けなおしてくれた。


「なんで…そんな、」
「…一昨日、あいつに言われたよ。“マリナちゃんほど、カカシのことを想える人はいない”って。“私じゃダメだ”って」
「!」
「それで…振られたんだ」


そう言ってカカシさんは、悲しそうに笑った。

なんでですかカエデさん。あなたもカカシさんのことが好きなんでしょう。カカシさんもあなたのことが好きなんだから、ダメなんて絶対ないんですよ。なんで…なんでなの、カエデさん。


「…ごめん。今まで俺、おまえの気持ちに気付いてなくて…」
「……謝らないでください。余計に、つらくなるから」
「…」


ふう、と息を吐いて、痛む身体をだましながら起こす。


「…正直、言いますね」
「!…あぁ」
「カカシさんとカエデさんが付き合ってるって聞いた時、悲しかった。二人が一緒にいるところを見るのがつらくて、会わないようにもしてました」
「…」
「この前二人が幸せそうに笑いあってるのを見た時、素直にお似合いだなぁとも思いました。なんだろうな、二人が一緒にいることが自然っていうか。私なんかが入る隙なんてないんだなって改めて思って、勝手にいじけて、嫉妬もしました」
「…」
「…だけど、カエデさんが捕まったとき、思ったんです。カカシさんの大切な、カエデさんを守りたいって」
「!」
「私、カカシさんのことが大好きだから、カカシさんの大好きなカエデさんを、死んでも守りたいって、思いました」
「…っ」
「私がカカシさんを好きなように、カカシさんはカエデさんが好きで、カエデさんはカカシさんが好き。私はカエデさんのことも大好きだから、二人を応援したいって、思いました」
「…マリナ」
「…なのに、なんで…」


なんだかとても悔しくて、ぎゅっと、真っ白な布団を握り締めた。

ついこの間までは、カカシさんに自分のことを好きになってほしいって思ってたくせに、いざお二人が別れたって知ったら、途端にとんでもなく悲しい気持ちになってることに気付く。

本当に、絵にかいたようなお似合いの二人だった。
何をしてても絵になるし、二人が並んで歩いていると周りの人は尊いものを見るような気分になった。

なのに、なんでカエデさんは、身を引いたの。
わざわざ長期任務にまで出て、カカシさんを苦しめて。勝手すぎるよ、カエデさん…。


「…これ、カエデから」
「!」


そう言ってカカシさんから差し出されたのは、一通の手紙。
真っ白な封筒の真ん中には、カエデさんらしい綺麗な字で「マリナちゃんへ」と書いてある。

震える手を伸ばして受け取って「読んでもいいですか?」と問えば、静かに微笑んだカカシさんを見て、破かないように封を開けた。




――マリナちゃんへ


まずは、マリナちゃんが眠っている間に勝手にいなくなったことを謝らせてください。ごめんね、マリナちゃん。あの任務のときも、私を庇ってこんな大怪我をさせてしまって、本当にごめんなさい。そして、ありがとう。

マリナちゃんがカカシのことを好きなのは知っていました。カカシに近づくために毎日修行を頑張っていたことも。なのに私が、あなたからカカシを奪ってしまった。本当にごめんなさい。つらかったでしょう、苦しかったでしょう。

あの任務で、マリナちゃんのカカシに対する想いの深さを知りました。私なんかでは到底太刀打ちできないほど、その想いが深いことも知りました。全ては、カカシの隣に立つためなんだよね。強くなったことも、特別上忍まで上がってきたことも。そんなことを知りもしないで、マリナちゃんの気持ちも考えないで、ごめんね。

私は、長期任務に出る前にカカシにお別れを言いました。カカシは私を大切にしてくれていたから悲しんでいるだろうし苦しんでいるかもしれないけれど、どうか、カカシのことを支えてあげて下さい。

勝手ばかりの、こんな私を、どうか許してください。そしていつか私が里に帰って来た時には、いつかと同じように、また一緒に笑ってくれたら嬉しいです。お身体に気を付けて、マリナちゃんとカカシのご多幸をお祈りしています。それじゃあ、またね。


カエデ――





綺麗な字で綴られた便箋を、ぐしゃりと握り締めた。


もう、本当に勝手すぎますよカエデさん。そんなに謝られるだけ謝られて、私に何も言わせてくれないなんて。勝手に決めて、勝手に別れて、勝手に任務に出て。私にはこんな手紙一枚だけ残して。


「カカシさん」
「!」
「私は、あなたのことが好きです」
「…」
「カカシさんがいいなら今すぐ付き合いたいと思ってます」
「…っ」
「…だけど、」
「!」


そこまで言って、ぐしゃぐしゃになってしまった手紙を綺麗に畳んで封筒にしまう。
そしてひとつ息を吐いて、真っ直ぐカカシさんの顔を見た。


「…カカシさんはカエデさんのことが好きだから、無理にとは言いません。私が一番大切なのは、カカシさんの幸せだから」
「!…マリナ、」
「だから、もし、いつかカカシさんがいいと思う時が来れば、そのときは教えてください。私、いつまでも待ってますから」
「…」


そう言って笑うと、カカシさんは苦しそうな顔をした。
私は今、残酷なことを言ってるんだよな。カエデさんのことを忘れろと、暗に。待たれる方の気持ちを考えない、ひとりよがりな考え方だ。私の方こそ勝手じゃないか。


「…わかった」
「!」


そう言ってカカシさんは、ぽん、と私の頭に手を置いた。
はっとして顔を見ると、少しだけ優しく笑うカカシさんがいるわけで。

こんなときまで格好良いなんて、なんて罪な人だこの人は。





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