かの幸福を知るよしもなく

「…十六夜、か」


今までの十六夜に関する任務の報告書を眺めながら額に手を当て息を吐いた。
奴らの出没情報はなかなか前もっては知れない。それはきっと綱手姉で言う隠滅部隊が欠片も証拠を残さないから、どの里の精鋭も予測すらできないのが現状。先回りさえできれば適わなくないと思うんだけどなぁ…。

あの場所…宗の里でのことは、出来るだけ思い出したくない。痛くて、苦しくて、つらい、そんな負の記憶しかないから。まだ幼いあたしの、忘れたいけど忘れることの出来ない記憶。あそこでのことは、未だにはっきりと覚えてる。









『さぁ、始めようか。私の愛しい実験体』


真っ暗な世界が広がる中で、男のそんな声にそろりと目を開ける。それと同時に、幼心に毎日絶望した。

あの痛いのが、またあるんだ。
あの苦しいのが、またあるんだ。

泣きべそももうかき飽きて、なんの希望も感じられないまま連れられていく。薄暗い中にひとつだけ煌々と照らされた簡易的なベッド。連れられるがまま寝かされれば、待ち受けるようにいた数名に動けないように固定されて、最後に目隠しをされる。


『さて、今日も良いものを見せておくれよ』


そんな言葉と一緒に、あたしの叫び声が響き渡った。









そこまで思い出してぐっと眉間に皺が寄ったのがわかって、またため息を吐いて眉間を揉んだ。

日がな一日繰り返される注射に投薬。
痛い、苦しいなんてレベルじゃない。声を出すことも億劫になって意識を保つのが精一杯なあたしに、あの男はにやりと笑う。まるであたしがそうするのを待っていたように。

いっそ死んだ方がマシだって何度思ったことか。毎日、死にたいと思いながら生きていた。殺してくれと男に懇願したこともある。けれどそのあたしの願いを聞き入れてくれるはずもなく、また繰り返される実験。


今日何度目かわからないため息をついてまた額に手を当てると、目の前にすっと現れたのは片膝をついて頭を下げたサツキで。普段はここまで畏まらないこいつがこうしている事実にまた息を吐いた。


「…サツキ、どうした?」
「総隊長にご報告です。次の十六夜の出没地が判明しました」
「…」
「明晩酉の刻、砂と水の国境辺りにとのこと」
「…また急だねぇ」
「えぇ…。時間もありませんでしたので、すでに一緒にいた残りの隊はそちらに向かっています。勝手な判断、申し訳ありません」
「いや、助かったよ。今待機に回ってる小隊を増援にって伝えてくれる?あたしもすぐ風影に忍鳥を飛ばして行くよ」
「御意」


サツキが伝令を出しに行ったのを確認して立ち上がる。そして、ぱさりとマントを羽織った。


待ってろ十六夜。
あたしが相手してやる。




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