この恋はもう神頼み

「…暗い過去、ねぇ」


特等席に腰を据えて久方ぶりに煙草を燻らしながら、夕暮れに染まる空を見上げて独り言ちた。

カカシさんが言ってた、ミチルの暗い過去。
んなもんねぇだろ、って思う自分がいる一方で、あながち否定はできねぇと思っちまう自分もいる。あいつは普段から俺以上にやる気がねェ。だるい、眠いが口癖で、暇さえありゃ暗部棟を抜け出してここで今の俺と同じように煙草をくわえてやがる。女のくせにバカ強ぇし、いつでも肩の力が抜けてやがる。

おかげであいつが任務だなんだに失敗してるところは見たことがねぇ。もちろん怪我はあるが、下忍の時も中忍の時も。あいつが弱ってるところを見たことがねぇ。いつもスカしてやがるが、そんでも絶対ェ人のことを見下すようなことはしねぇ。だからこそ、あいつの周りには人が集まる。いつの間にか、あいつの周りにはいつも、誰かがいる。


「…想像つかねぇな」


だから、あいつにあるらしい暗い過去を、俺は全く想像できねぇ。
いつも自分のことより他人のことを優先しやがるあいつだから。あんだけ強くて慕われてんのに、私なんか、くらいに思ってやがるあいつだから。仲間の窮地に何もできず、敬愛する師まで死なせちまった俺でも、守りてぇと思った。

いつの間にか、俺の心のどこかにミチルはいた。それも、じわじわと侵食していって、気づけば後戻りのできねぇところにいやがる。こればっかりはあいつに何の責任もねぇし、俺の勝手な想いなんだが、それでも胸糞は悪い。


「なァ、アスマ。俺、どうすればいいんだろうな…」


かつての師と同じ銘柄の煙を吸い込み、ふーっと空に向けて吐き出す。
この匂いを嗅げば、どこかで安心できる俺がいる。昔は煙たくて臭くて仕方なかったこの煙草が、いつしか俺の精神安定剤になっていた。


「珍しいね、煙草」
「!…チョウジか」


そんな声にぴくりと肩を震わせて振り向けば、背後にいたのは俺の唯一無二の親友。
「脅かすんじゃねぇよ」と笑えば、「ごめんごめん」と笑って、チョウジは自然と俺の隣に腰を下ろした。


「シカマルが煙草を吸ってるってことは、ミチルのことで何か悩んでるの?」
「…なんでわかっちまうかね」
「僕はシカマルのことはなんでもわかるよ」
「さすがだな」
「ふふ」


おもむりに取り出したポテチをすすめられいつも通り受け取ると、それを頬張り飲み込んだチョウジは、赤く染まる空を眺めた。


「ミチルと、なにがあったの?」
「…別になにがあったわけじゃねぇんだけどよ」
「うん」
「カカシさんがな、“あいつに暗い過去があるって知っても、それでも好きだと言えるか”って言ったんだ」
「暗い過去?ミチルに?」
「…やっぱピンとこねぇよな。俺もそうなんだよ。あいつがどんな過去を経てきたのか、どんなもんを背負ってんのか、俺は知ってるつもりでなんにも知らなかった」
「…んー」
「カカシさんには、まぁ、宣戦布告みてぇなことしちまったんだけどよ。あれからずっとそのこと考えても、なーんもわかんねぇんだ」
「たしかに、ミチルはずっと笑ってるからね。自分がしんどいときも、悲しいときも」
「そうなんだよ。あいつって全部ひとりで抱え込んじまうんだよ。だから俺は、あいつのことを、今も昔も、何も知らねぇ」
「…そうだねぇ」


話してる間に消えちまった煙草にもう一度火をつける俺に、食べ終わったポテチの袋を畳みながらチョウジは言う。


「僕、思ったんだけどね」
「んぁ?」
「たとえどんなにつらい過去を背負っていて、なんでもひとりで頑張っちゃうミチルでも、たった一人だけ、素直になれる人がいるんだよ」
「…?」
「僕たちには見せないミチルの悲しい顔を見られる人を、僕は知ってるよ」
「…カカシさんか?」
「ううん、ちがう」
「……そんじゃ、五代目?」
「それもちがう」


兄代わりのカカシさんでもなく、母代わりの五代目でもなくて、ミチルの弱いところを見られる人間…。


「君だよ、シカマル」
「!?」
「僕、ずっと思ってたんだ。シカマルと話してるときのミチルは、僕の知ってるミチルとは少し違うなあって」
「…」
「ミチルはいつも肩の力が抜けててやる気のない子だけど、でもね、シカマルといるときだけは、忍でも暗部でもない、“ミチル”っていう人間になってると思うんだ」
「…っ」
「きっとカカシさんにも五代目にも見せない本当のミチルを知ってるのは、この世界でシカマルだけだと思うよ」
「チョウジ…」
「…すこし妬けちゃうよね。僕、ミチルのことも大好きだから。…あ、ご飯の次でシカマルと同じくらいだけどね」
「……プッ。俺もあいつも飯には負けてんのな」
「あはは」


そう言って立ち上がったチョウジは、「そろそろ夕飯だから帰るよ」と立ち上がる。
その背中に向けて名前を呼んで、振り返ったチョウジに首を掻きながら告げた。


「サンキューな」
「ふふ、うん!」


またね、と去っていく背を見送った後短くなった煙草を消して、ぐん、とひとつ伸びをする。

あいつに、ちゃんと言わなきゃな。

チョウジなりの激励に、やっと覚悟が決まった。





BACK | NEXT

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -