ざりざりと砂を踏む音が響くだけの、塀も隔たりも何も無い場所。似合わない花束を手にした俺がここに来る理由は、ただ一つ。


「今年も来たよ、チハルさん」


小菊やスチータス、白いカーネーションもまとまっている色とりどりの花束は、笑顔溢れるこの人にとても似合っていると思う。

チハルさん。
俺の最初の師で、そして、俺の初恋の人。


「カカシ、あんたは後悔しないように生きな」


まるで子供のような笑顔とともに、あの人は俺の頭をくしゃりと撫でながらそう言った。

夕暮れ時の河原で二人並ぶ。
まだ子供だった俺は、あの人が言ったその言葉の本当の意味が、まだ分かっていなかった。


「生きているうちに、逢えるうちに、後悔がないように、伝えたいことをしっかり伝えること」

「失ってからじゃ遅いんだ。こうやって、顔と顔を付き合わせられるうちに、目と目がしっかり合ううちに。ちゃんと自分の言葉で、伝えなよ」


最後にあの人と会った時、溢れんばかりだったはずの笑顔が、どこか悲しげに見えた。けれども俺は、それよりも小っ恥ずかしい気持ちが勝って、あれの頭を乗るあの人の手を振り払ったんだ。そうしてあの人は笑って、儚く散った。


「チハルさん、俺さ、やっとわかったよ。チハルさんが言っていた、本当の意味が」


花束を供えて目を瞑り手を合わせ、あの時と同じ夕焼けに染った空を見上げた。


「でもね、本当に伝えたい時に、あなたは俺のそばにいなかった」


深く息を吐くと、カーネーションの甘い香りが微かに鼻腔を擽る。それがまるで答えを急かすようでくすりと笑った。


「白いカーネーションの花言葉、知ってる?」


そして優しい風が、俺を包む。


「純粋な愛。俺、あなたが好きだった」


ずっと内に秘めていた想いをようやく伝えられて、どこか満足している俺がいた。


「これからも、あなたの分、そして俺を俺にしてくれた人たちの分も、しっかり生きるよ。そして、」


下げた瞼を再び上げると、あなたが俺を見ている気がする。


「生きているうちに、逢えるうちに、後悔がないように、伝えたいことを伝えるよ」


そう言って笑うと、あなたはくしゃりとした大好きな笑顔を向け、俺の頭を撫でてくれた。


『カカシ、よく頑張ったね』


そう言って夢のように消えたあなたに、俺の頬を涙が伝う。


「ありがとう、チハルさん」





fin.


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