『ありがとう。でも、ごめん』


あの日、彼に言われたこと一言を、一週間経っても思い出して胸が苦しくなり、そして同時にとてつもない後悔に襲われる。

ずっと好きだった。けれど、彼が私を見ることはないとわかっていたから、伝えるつもりはなかった。今まで通り仲間として、今の距離感で、そばにいられるだけで充分だった。

けれど、それだけで満足できない私もいて。
あれほどまでに残酷なありがとうを私は知らない。その後に続くごめんにこれほどまでに自責の念に駆られることもきっとないだろう。それでも伝えてしまったのはほかでもない私だ。彼を責めることも、ほかの誰も責めることもない。

悪いのは、私一人。

あれから、彼に合わせる顔がなくて、いそうな場所には近寄らないようにしたし、できるだけ会わないようにと意識した。そして遭遇しそうになる度に私はまた自責の念に駆られる。言わなきゃよかった、あなたの彼女になりたいなんてと。

それでも、どこか晴れ晴れとしている私がいるのも事実で。彼と関わるようになった十年ほど、ずっと自分の心の中だけに留めていたことをようやく解き放つことが出来たのだ。だからすっきりもしている。

でもやっぱり、もやもやとした心が晴れないのもまた事実だ。


任務終わりに木ノ葉通りを一人で歩いていると、本日何度目かもわからない溜息が漏れた。油断するとこうなってしまう。大人なのに情けない。また自責の念に駆られた。


「あの、ちょっといいですか?」
「あぁ、うん」


ふと耳に入ってきたそんな声に、思わず足を止め物陰に隠れた。
一つは緊張した様子の女の子の声。これだけでは止まらなかった私の足がそうなったのは、もう一つの声が、私の溜息の根幹となっている人のものだったから。


「ずっと、好きでした。良かったら、お付き合いしていただけませんか?」
「……ありがとう。でも、ごめん」


早く、その場から離れてしまえばよかった。けれどもそれができなかったのは、その女の子に、一週間前の自分を重ねてしまったからだ。同じようなシチュエーションで、同じようなセリフ。唯一違ったのは、彼の返事だけ。


「好きな人がいるんだ」


ようやく納得がいった。
そうだったんだ。好きな人がいるから、私からの告白を断ったんだ。

だから理解はしたものの、それならそうと言ってくれればよかったのにと、責められるはずもない彼を責め、自分の気持ちを正当化しようとする私がいるのが許せない。

彼の気持ちは全くおかしくなくて、当然で。勝手に嫉妬して、勝手に責めている私だけが悪いのだ。

恋というのは不思議なもので、叶うはずもないと分かっているものほど焦がれ、燃えてしまう。超える壁が多ければ多いほど、ハードルが高ければ高いほど、その人に対しての気持ちが溢れてしまう。諦めるなんて到底できるはずもなくて、一度折れてしまったはずのに、私の心はそれでも彼に向いている。

末期だな、なんて思いながらも、久しぶりに彼の声を聞けただけで、その姿を一目見られた、たったそれだけのことで、私の心はどこか満ちている気すらした。


「そう、ですか…」
「気持ちは嬉しかったよ。伝えてくれてありがとう」
「…っ、失礼します」


一見優しいように聞こえるそんな返答も、告白した側からしてみればまるでとどめを刺されるのと同じことだ。大きな瞳を潤ませながら走り去っていく彼女の姿で容易に想像がつく。それならいっそ、思い切り罵って振ってくれればいいのに。お前なんかに興味はない、他を当たれと、そう言ってくれる方がこちらも潔く諦められるというものだ。

けれど、そんなことが決してできない優しい彼だからこそ、私も、きっと彼女も好きになったのだ。この残酷なまでの優しさも含めて、私は好きになった。

好きな人に想いを告げるということは、決して簡単なことではない。大人になればなるほど自分の気持ちを伝えることはとても難しくなっていく。けれど、それを越えても彼に気持ちを伝えたくなったのだ。文字通り言葉が漏れた。気持ちが溢れた。たとえ結ばれることはないとしても、きっとどこかでこの気持ちは持ち続けていくのだろうと思う。

いい加減、身を固めろと自分でも思う。叶わない相手を追う前に、現実をしっかりと見てきちんとした道を歩めと。けれど、そんなことではたった一度の人生を生き切ることなんてできやしないのだ。後悔のないように生きていきたい。やらない後悔よりやる後悔。それが、忍として生きてきた私が学んだこと。いつ命が終わってもおかしくない世界に身を置いているので、どうしても平坦な道を歩むことを躊躇してしまう。だから私は出来る限りの努力をするし、人が嫌がる苦労も買って出る。

けれど、この告白だけは、するつもりはなかったのだ。
ずっと仲間としてともにいた彼を困らせてしまうことは目に見えていたから。まさか私が自分をそんな目で見ているなんてきっと彼は想像すらしていないこともわかっていたし、今までのちょうど良い距離感が崩れてしまうのも嫌だった。

だからこの告白は、私のエゴだ。

ぎゅっと拳を握り締めた。
後悔のないように生きようと思っていたはずなのに、早速後悔してしまっている私。言っていることとやっていることが矛盾しきっている。だから晴れ晴れとしている一方で、こうしてより大きい後悔も生まれるのだ。

じっと物陰から背中を眺めていた彼が深い息を吐き、夕暮れる紅空を仰いだ。そんな姿すら好きだと思う私は、大いに恋煩いだ。


「いるんでしょ。出てきなよ、チハル」
「!」


消していたつもりの気配も、この里のトップたる彼には当たり前のように感じられたらしい。若干の気恥しさを携えながら、のそりと彼の前に姿を現す。振り返った彼は呆れたような息を吐き、そんな彼に居た堪れなくなった私はゆっくりと顔を伏せた。


「久しぶりだね、こうしてちゃんと話すの」
「…うん」


振られた手前、どういう顔をしていいかわからず、告白してからずっと彼のいるであろう場所を避けていたのでそうなるのは当然だ。有り体のような「元気だった?」にうんと応え、それから少しばかり生まれた沈黙。それを破ったのは、目の前の私を振った彼だった。


「聞いてたんならわかるでしょ。俺の気持ち」
「…うん」
「俺、好きな人がいるんだ」
「……っ」


改めて面と向かって言われると、やはり堪えるものがある。カカシの好きな人。一体誰なんだろう。きっと強くて綺麗な人なんだろうな。きっとカカシを支えられる人に違いない。

カカシと恋人さんが並んで歩く姿を見ても、悲しく思わないようにしなければ。好きな人が幸せなんだから、ちゃんと受け入れなければ。


「その人に、俺の気持ちを伝えようと思うんだ」
「……そっ、か」
「やらない後悔より、やる後悔。チハル、いつも言ってるよね」
「……うん」


どこか緊張した様子のカカシが、薄く染めた頬を綻ばせた。カカシにこんな顔をさせるカカシの想い人に、早速少し、嫉妬した。


「……幸せに、してもらってね」
「うん、そのつもりだよ」
「…それじゃあ、行くね」
「待って」


もうカカシの顔を見られないからと踵を返そうとした私の腕を、カカシの細いけれど節くれだった指がぎゅっと掴んだ。

止めないで。お願いだからこれ以上、私をみじめにしないで。

そんな思いでいっぱいになってぎゅっと目を瞑った私の耳に、カカシは理解できない言葉を届けた。


「ずっと好きだった」


頭が追いつかない。何を言ってるのかわからない。だってカカシは私の告白を断ったし、たった今私に好きな人がいると言ったばかりだ。……そうか、きっとカカシに背を向ける私の視線の先に想い人がいるんだ。

なんという滑稽な状況。
なんという残酷な現実。

瞑っているはずの目から涙が溢れそうになり、思わず腕を掴むカカシの手を振り払った。


「……気持ち、伝えられてよかったね。でもこれ以上聞きたくない。ごめん、帰る」
「待ってってば」


走り出そうとした私の腕を先ほどよりも強く握ったカカシを思わず見れば、その見慣れたオッドアイは間違いなく私を見据えていた。それも、感じたことのない熱を灯って。


「これは俺のエゴだ。でも、もう止まれない」
「……え?」
「チハル、ずっと好きだった。俺の恋人になってください」
「は……」


未だ理解しきれず呆然とする私を、カカシの意外にも太い腕がぎゅっと包み込んだ。


「チハルからの告白を断ったのは、さっきも言ったように、俺から気持ちを伝えたかったから。だからこの告白は、俺のエゴなんだ」
「…」
「自分から気持ちを伝えないと、自分の気持ちを整理しきれなかった。だから断った」
「っじゃあ、」
「こんな自分勝手な俺だけど、付き合ってほしい」


ほろりと頬を伝う涙。けれど、先程までのそれとは大いに意味が違った。


「……ばか。本気で諦めようと思ったんだからね」
「ごめん」
「本気で、たくさん悩んで泣いたんだからね」
「悪かった、もう泣かせないよ」
「……うん」




きらりと光る星が笑った
fin.


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