『ほんとごめんね』
「ううん、気にしないで」


電話口に申し訳なさそうに何度も謝るチハルに伝わらない苦笑いを浮かべた。

明日は俺の誕生日。
この年になれば誕生日に特別な感情は持たないはずが、チハルと付き合ってからのこの日は毎年ずっと祝ってもらっていた。チハルの転勤によって遠距離になった去年も休みを取って帰ってきてくれて、俺の家で二人きりで祝ってくれた。今年もそうなるだろうなとどこか思っていた俺は、自分が思っているよりこの日を楽しみにしていたらしいことに、チハルから休みが取れなかったという電話が来てから気づいた。


『代わりと言ってはなんなんだけど』
「うん」
『明日届くように送りものしといたから受け取ってね。明日は家に居るよね?』
「うん、たまたま休みだから」
『……ほんとごめんね、会いに行けなくて』
「ほんと気にしないで。仕事なんだから仕方ないよ」


口ではそう言いながらも、実は会いに来てくれないかなんて、そんな理想を少し込めながら視線が下がる自分がいる。


「それじゃあ、頑張って」


しばらく話をしたあと電話を切り、スマホをソファに投げてだらんと体勢を崩した。

毎年この日はチハルがせっせと動いてくれて、俺は何もせずとも幸せな日にしてくれていた。俺の好きな料理、好きな酒、好きな映画を見ながら好みのプレゼントをもらい、最愛の人と一日を過ごす。今思えばそれは凄く恵まれたことだったんだと痛感する。数年前まで当たり前にあったことだから、考えたこともなかったけれど。


「会いたい、なぁ」


思わず漏れてしまった心の声に女子か、なんて突っ込みながら、そのまま不貞寝した。



* * *



朝と昼の間に目覚めた誕生日。
起き抜けからスマホに送られ続けるLINEに、アスマやヤマトなど見知った奴には言葉で返し、明らかに下心で送ってきている女どもにはスタンプだけで返しながら、一番連絡の欲しかった人からは何の音沙汰もないことを残念に思った。きっと仕事が忙しいんだと自分に言い聞かせ、またスマホをソファに投げる。

すると、来客を知らせるチャイム音が響いた。チハルが送ってくれたものが到着したらしい。カメラに映るのは帽子を目深にかぶった宅配員らしき人。「宅配でーす」の声にどこか聞き覚えを感じながら「はいはーい」と返事をしてドアを開けた。


「お届けものでーす。はたけカカシさんでお間違いないですかー?」
「そうです」
「ではこちらの方にサインをお願いしまーす」
「…?」


そう言って差し出された小さめのダンボールには、宅配物にあるはずの送り状がなく、ボールペンは受け取ったもののどこにサインすればいいのかわからず狼狽えていると、目の前の宅配員が「ちょっとすいません」と俺にやけに軽い荷物をわたし、ガサゴソとポケットを漁り「あ、あった」とダンボールの上に一枚の紙を広げた。


「この紙のここにサインを、フルネームで。それから印鑑もお願いしまーす」
「!」


再び宅配員の手に渡ったダンボールの上に広げられた紙は、婚姻届。ご丁寧に俺の欄の住所や必要事項は見慣れた懐かしい字で書き揃えられていて、残る欄は氏名と印鑑のみ。呆然とする俺を尻目に、目の前の宅配員はおもむろに帽子を脱いだ。

その姿を目にしたいと、会って抱きしめたくて仕方なかったその顔が、にやりと笑って口を開いた。


「お届けものは私ってことで、どう?」
「チハル…、」


なんでここに?仕事は?休み取れたの?
聞きたいことは山ほどあるのに言葉に出来ない俺を見て、チハルはにやりとした顔を満面の笑みに変えとんでもないことを口走った。


「実はね、仕事、辞めてきた!」
「……は?」
「どのみちカカシと結婚する時は帰ってこようと思ってたんだけど、たまたま部署に人員の補充があってね、このタイミングを逃したら帰って来れないような気がして」
「そ、うなんだ」
「だから、一応寿退職ってことで、サインお願いしまーす!」


にかっと笑う、俺にとっての太陽みたいなその笑顔に、たまらずそのまま抱きしめた。チハルの手にあったダンボールは、力任せに抱きついた反動でことりと落ちる。


「……ほんと、おまえってやつは…」
「えへへ、びっくりした?」
「びっくりとか、通り越しすぎ」
「ごめんね、サプライズだよ!」


俺の腕の中でくすくすと笑うチハルをさらに力強く抱きしめながら、ずっと言いたかった言葉をひとつ。



「結婚しよう」




大成功。そう笑ったおまえに、俺は一生叶わない。
fin.


BACK _ NEXT

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -