「ほんっと!バッカじゃないの!」
「…いやぁ、面目ない。年には勝てないねぇ」



ベッドに腰かける苦笑いのカカシの背中にべしっとガーゼを張るのは、彼の妻であるユヅキ。
カカシは六代目火影として里を収める立場にも関わらず、火影就任から数年経った未だ慣れないデスクワークに嫌気がさし、自分の後継と思っているうずまきナルトに、“火影になったときのための勉強”などとそれらしき理由をつけて執務を押し付け自ら任務に赴いた。

“木ノ葉一の技師”の異名を持ち誰もが認める火影の彼も、全線を離れて数年も経つと当たり前に身体は訛る。そして挙句の果てには、任務先で負傷し、率いた面子の顔面を蒼白にさせて帰って来た時はさすがのユヅキも呆れたため息しかでなかった。



「カカシももういい年なんだし、ナルト達も強くなってるんだから、いつまでも進んで任務に行くことはないんだからね?わかった?」
「…はぁい」



慣れた手つきで包帯を巻きながらそういう妻に、カカシは苦笑いで頭を掻いた。



「あ、ねぇ。子供たちは?」
「みんな任務だよ。カナメとユリナはもうすぐ帰ってくると思うけど」
「コウタは?」
「アカデミーで講師だって言ってたから、きっと遅くになるんじゃないかな」
「…そっか。久しぶりにみんな揃うかなーと思ったんだけど、やっぱり厳しそうだな」
「…そうだね」



火影であるカカシの多忙さは言わずもがな、家にいるのは一日のち寝に帰る数時間。
ユヅキも上忍としての任務や医療忍者として木ノ葉病院にもいるため、家族五人がそろうのは、一年に二度あるかないか、だった。



「よし、できたよ。これで大丈夫だと思うけど、痛むようだったらまた言ってね。薬作るから」
「ん、ありがと」



ユヅキは慣れた手つきでカカシ用に“六”、“火”と入ったベストを渡し、カカシがそれを羽織るのを見ながら「あっ」と声を上げた。



「そうだカカシ、コウタが…」
「知ってるよ。上忍になるんだよね」
「うん。あ、あとカナメが…」
「それも知ってる。戦術班の特別上忍になるんでしょ?」
「う、うん。それからユリナが…」
「中忍試験、俺も楽しみにしてるよ」
「…さすが火影様。何でも知ってるんだね」
「ま、我が子のことだから特に気になるしね」



得意げに気持ち胸を張ってそういうカカシに、ユヅキはくすっと笑いを漏らした。

長男のコウタは、カカシ譲りの忍術と体術の才能を開花させており、木ノ葉の新世代の中でも注目されている存在。近年では異例の十才でアカデミーを卒業して四年で上忍昇格まで上り詰めた。
次男のカナメは、これまたカカシ譲りの頭脳と冷静さを受け継ぎ、木ノ葉の策士と謳われるシカマルも一目置く存在。十二才の若さで戦術班として異例の特別上忍への昇格が決まっている。
長女のユリナは、下忍になって一年が過ぎて、ようやく中忍試験を受けられることになったが皆一度で通るだろうと期待の眼差しを向けている。母であるユヅキに叩きこまれた医療忍術とそれを応用した怪力を受け継いでいる。

三人とも“火影の子”というプレッシャーを物ともせず、次世代の木ノ葉を代表する忍になると皆が期待を寄せていた。



「我が子ながら誇らしいよ。これもみんな、ユヅキのおかげだ」
「そんなことないよ。だって、みんなカカシのためだって言ってるよ?」
「俺のため?」
「そ。父さんに恥をかかせないために、父さんの顔に泥を塗らないように、ってね」
「……でも俺、父親らしいこと全然できてないよな、」



子供たちの嬉しい言葉を聞いて尚、あまり家にいられず家族の時間をとれないことに自責の念を感じるカカシを、ユヅキはうしろからぎゅっと抱きしめた。



「一緒にいる時間はたしかに少ないかもしれないけど、それでもあの子たちの父親は間違いなくカカシだよ。だからみんなはっきり口には出さないけど、きっとカカシのことを誇りに想ってると思うよ」
「…そうだとうれしい」
「私もそうだよ?あの子たちに出会わせてくれて、ありがとう」
「…っ」



自分の背中に顔を埋めて笑いを漏らす愛しい妻を、カカシは思わず振り返ってきつく抱きしめた。



「…ほんとごめんな。子供たちのことも家のことも、ほとんどユヅキにやらせちゃって。俺、ほんとに父親らしいことも、旦那らしいことも何もできてない」
「そんなこと言わないで。子供たちとカカシが帰ってくるこの家を守ることが私の大切な仕事だから。カカシが家族と里のために必死になってること、みんなちゃんとわかってるから」
「…ん、ありがと」
「どういたしまして」



二人は互いに顔を埋め合い、きつく抱き合った。



「…あのう、父さん母さん」
「!」
「お取込み中すみませーん」



突然聞こえた声に慌ててカカシから離れるユヅキ。
その際力の限りカカシの胸を押したため、彼はよろけながら笑っていた。



「お、おかえりカナメ、ユリナ!は、早かったね!」
「おかえり、二人とも」
「ただいま!」
「…場所考えてよね」



笑顔でカカシに抱き着くユリナと、壁に寄りかかってため息をつくカナメ。
ユリナの頭をぽんぽん、と撫でながら、カカシはカナメに視線を向ける。



「俺だってたまには奥さんといちゃいちゃしたいじゃないの。ねー、ユリナー?」
「ほんと、父さんって母さんのこと大好きだよねぇ」
「当たり前でしょ。何をいまさら」
「ちょ、カカシ何言ってんの!!」
「……はぁ」



しれっとユリナと微笑み合うカカシに、赤くなった頬を隠そうと手をやるユヅキ、そしてそんな二人に呆れるような視線を向けながらカナメはため息を吐いた。



「あ、父さん帰ってたんだ」
「ん、おかえりコウタ」
「ただいま。あ、さっきアカデミーでシカマルさんとすれ違っただけどさ、なんかめちゃくちゃ怒ってたよ。早く戻ってナルトさんと変われって」
「……ますます戻りたくないなぁ」



帰ってきたコウタが苦笑いで言ったその言葉に、カカシはユリナを抱きしめながら恨めし気にそう零した。
そんな夫の姿を見たユヅキは、ぽん、とひとつ手を打ち、こう言う。



「そんじゃあさ、せっかく久しぶりにみんな揃ったし、夕飯にはちょっと早いけど外で食べよっか!」
「いいの?シカマルさん余計怒ると思うんだけど、」
「…俺もそう思う」
「少しくらい平気だよ。今更変わんないから、俺はユヅキの言葉に賛成だな」
「やったー!」



喜ぶユリナの声を皮切りにそろって家を出て、久しぶりに夕飯を囲んだ。
子供たちは、それぞれ思い思いに、近況報告や日常の何気ないことをカカシに話した。普段はあまり話せないからこそ、今、面と向かって話せるこの貴重な時間を、それぞれがとても大切に思っていた。カカシも子供たちのその想いを痛いほどわかっているため、相槌を打ちながら、子供たちが成長した様子に感動さえしているようだった。



「じゃ、俺そろそろ行こうかな。みんな気を付けて帰るんだよ」
「せっかくだから火影邸まで見送りに行くよ。ちょっとでも一緒にいたいし。ね、ユリナ?」
「うん!そうしようよ、父さん!コウタ兄もカナメ兄もいいでしょ?」
「もちろん」
「…あぁ」
「じゃ、お言葉に甘えようかな」



家族そろって火影邸へと足を進める。
家族五人が並んで楽しそうに話しながら歩く姿を見守るように、赤い夕日は五つの影を伸ばした。



「…遅いっすよ、六代目」



カカシの姿を見つけるなり、火影邸の前で腕を組んで仁王立ちしていたシカマルは抜群の睨みを利かす。



「いやー悪い悪い。久々に家族団欒しちゃってな?」
「…まぁ、それは別にいいっすけど」
「悪かったよ、わがまま言って。ナルトはどうしてる?」
「普段使わねぇ頭使って疲れて爆睡してやがりますよ。ったく、めんどくせぇ」
「はは。そうか、すぐ行くよ。じゃ、俺はここで」
「カカシ、今日は…」
「…ごめん。帰れないと思う。悪いね」
「ううん、無理しないようにね」
「ありがとう」



カカシは、後ろに並ぶ自分の家族に名残を惜しむように、その四人を見つめた。



「父さん、頑張ってね!」
「仮眠でもいいから寝てね、父さん」
「…頑張って」
「あぁ、ありがとう。それじゃあ、おやすみ」



カカシは四人に背を向けて、シカマルと共に火影邸の中へはいる。
その姿が見えなくなったと同時に、ユリナが口を開いた。



「…やっぱり、父さんは火影様なんだね」
「うん?突然どうしたの?」
「……なんか、寂しいなって、思っちゃって」



そんな風に言いながら頑張って笑うユリナの肩に、コウタ
がそっと手を置いた。



「ね、ユリナ」
「…ん?」
「火影って里一番の忍だから、そう簡単にはなれないんだ。それはユリナも知ってるよね」
「…うん」
「でもね、俺たちの父さんはその火影なんだよ。里のみんなから実力も、名声も、人柄も、何もかもを見込まれて認められた里一番の忍なんだ」
「…」
「たしかにユリナが言うように、寂しいこともあるよ。だって普通のお父さんじゃないからね」
「…」
「でも俺は、父さんの子供で良かったと思うよ」
「!」
「つらいことも少なくないし、寂しいことも少なくないけど。でもそれ以上に俺は誇らしいし、父さんを尊敬してる。自分の父親が六代目火影であることが、――俺には最高の財産だ」



「そう思わない?」コウタはそう言いながら、ユリナに笑いかける。
そんな二人の姿を、不愛想ながら横目にカナメは見つめた。



「うん!わたしも、父さんが父さんで良かった!」



優しい兄二人に、満面の笑みを向けるユリナ。
ユヅキがそんな三人の成長した姿を温かい目で見ていると、「母さん!」とユリナが振り返って、満面の笑みを浮かべる。



「父さんと結婚してくれて、わたしとコウタ兄とカナメ兄を産んでくれて、ありがとう!」
「!」



その言葉にユヅキはじわりと涙を浮かべ、思い切り三人を掻き抱いた。



「…私こそ。コウタ、カナメ、ユリナ…。父さんと母さんの子供に産まれてきてくれて、ありがとう」



そんな家族の姿を、執務室の窓から優しいまなざしのカカシが眺めていたことは、誰も知らない。




はたけさんち


fin.



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