「ね、シカマル。昼くらいにちょっと抜けていい?」
「え?」


いつもながらの事務作業中、ふと思い立ちそう告げると、シカマルはいつも通り訝しげに眉を寄せながら「まぁ、いいっすよ」と承諾してくれた。


「ここ最近詰めっぱなしだったっすからね。たまには息抜きしたいでしょうし」
「さすがシカマル、わかってるねぇ。ところで、来週あたり一日空け……」
「休みはないっすよ」
「……だよね」


「まぁ無理だってわかってたんだけどね」「そんなら虚しくなるだけじゃねぇすか」そんな軽口を叩きあいながら作業の手は止めない真面目なところ、さすが我が里の参謀だなと一回り以上も年下のシカマルに尊敬の念すら抱く。俺は俺で里長なのだけれども。


* * *


約束通り時間をもらい、俺は目的の場所へと歩を進めた。響き渡る蝉の声、容赦なく照らしてくる盛りの太陽が、俺の肌をじんじんと焼いていくのを感じる。

夏真っ盛りのこの季節。
一年に一度必ずあるこの季節は、少しばかり過去を偲ぶことが多くなる。今は亡き人が冥界から現世へと戻り、遺された者はその者を偲び話をする。そんなことが多くなる季節だ。

父さんがいなくなって、早数十年。
その間に俺は何かを成し遂げられたのだろうか。父も師も親友も失い、絶望へと打ちひしがれたこともあった。けれどそれでも俺は生きた。親友が遺してくれた大切な瞳を守るために、父や師が教えてくれた絆を守るために。

歳を食うということは、様々なことを経験するということでもある。
俺も俺とて経験だけは積んできた。二度の戦乱をどうにか生き抜き、憎たらしくも可愛い教え子もできた。こんな俺でも師というものにしてもらった。何かとあれば突っかかってくるあいつらでも、やはり可愛い。それは認めよう。

だがあの三人の弟子達は、師である俺なんか悠々と超え、今や新三忍などと呼ばれ英雄になった。先の大戦を終結に導いた功績は必ず未来でも語り継がれるだろう。師としてとても誇らしい。

しかし、果たして俺には、彼らのように何か誇れるものがあるだろうか。彼らのように、未来に語り継がれるような何かを成し遂げられたのだろうか。これは俺の永遠に答えの出ることのない問いだ。


「やっと来られたよ、父さん」


耽る間に到着していた、里の外れにある自分の生家。
数年ぶりにもなるこの場所は、俺の一生忘れることの出来ない心の傷だ。齢五つにして父の無残な亡骸を目にした。忘れられるはずもない。つい先程までいた父が、もうそこにいなかったのだ。未だに昨日の事のように鮮明に思い出す。その日の気温、気候、感情まで手に取るように覚えている。だからこそ、盆の入りたる今日、来なければならないと思ったのだ。

ずっとここに来ることが出来なかった。
報告したいことや話したいことはたくさんあったのに、足が向かないまま今に至る。

昔、父さんを恥じ、馬鹿にしたことがあった。自死するなど情けないと軽蔑し、忍の風上にも置けないと罵ったこともある。

けれど父さんは、その命を持って、本当の意味での忍のあるべき姿を教えてくれたのだ。掟やルールなどに縛られず、時にそれを破っても守りたいものを守るのだと。仲間や里になんと罵倒されようと叱責されようと、成し遂げろと。

結果父さんは今、俺の中で紛うことなき英雄になった。
その事実を知る人は少ないが、万人にそう思ってもらおうなどとはなから思っていない。わかってほしい人にわかってもらえればそれでいい。きっと父さんもそう望んでいるはずだから。


「父さん、俺、火影になったよ」


仏前に腰を下ろし、持参した蝋燭と線香に火をつけ伏し拝んだ。

俺の孤独の象徴たるこの家で、やっと、踏ん切りをつけられるような気がした。ここまで来るのにずいぶんと時間がかかってしまったが、ようやく新たな自分への一歩を踏み出せそうな気がする。


「……父さん、俺、」
「あれ、誰かいるの?」
「!」


僻地にあるこの家へは誰も来ることがないと思い戸締りもなあなあになっていた。そんな折に家に響くアルト。聞き慣れたその声に思わず駆け出し玄関へと急いだ。


「ユヅキ!」
「! か、カカシ!?なんで!?」
「とうさんがいるー!」
「ユリナも…」


玄関で靴を脱ぐ背中にそう声をかけると、ユヅキは勢いよく振り返り目を丸くしていた。呆然とする俺とユヅキを差し置いてユリナは嬉しそうに俺に抱きついてきた。


「とうさん!おしごとは?」
「あ、あぁ…。昼休みだよ」
「そうなんだ!じゃあ、おじいちゃんにあいにきたの?」
「! おじいちゃん…?」
「……カカシ、実はね、」


首を傾げる俺にユヅキは何とも言えない複雑な表情を浮かべ説明してくれた。

結婚する前からこの家の事が気になっていたこと、俺が火影になってからは時間を見つけてこまめに掃除をしに来てくれていたこと、子供たちにも父さんのことを教えてくれていたこと。視線を四方にさ迷わせながら、所在なさげにごにょごにょと言うユヅキに嬉しさと有り難さが俺の胸中を駆け巡った。

どうりで数年ぶりに来るはずのこの家が埃っぽくないはずだ。ユヅキが念入りに掃除をしてくれていたからか。本当に俺は、出来た嫁さんを持った。


「あのね、家って、住まないと傷んじゃうんだ。かと言って今は子供たちのことがあるから住めないし……だからせめて、掃除だけでもと思って…」
「……うん、ありがとう」
「こないだね、ユリナね、おにわのくさむしりしたんだよ!」
「……そっか、ありがとう、ユリナ」
「それでね、アカデミーがおやすみのひは、コウタにいもカナメにいもくるんだよ!いっしょにおにわでしゅぎょうするの!」
「……そうだったんだ」


俺の知らない間に、俺の新しい家族が、元の家族を大切にしてくれていたとは。歳をとるとは厄介なもので、少々のことがあると涙腺が緩んでしまう。


「……ユヅキ、ユリナ。一緒に来て」
「……うん」


愛しい二人の手を引き、元いた仏間に戻った。先程見たばかりの父の遺影が、どこか優しさを帯びているように感じるのはきっと気の所為ではないだろう。


「父さん、改めて紹介するよ。俺の嫁さんと娘。あと他に二人息子がいる。俺、新しい家族を持ったよ」
「……カカシ」
「父さんが命をかけて教えてくれたことは一生忘れないし、未来を生きる子供たちにも俺が責任もって教えていくよ。だから、安心してください」


「父さんは、俺の誇りです」


そう言って笑ったつもりなのに、何故か頬には涙が伝う。けれどもそれは決して嫌なものではなく、過去を過去として受け止め、前へと進むための涙だと思う。改めて家族を大切に思うと同時に、必ず守り抜くという自分への再度の決意表明。




知らぬ朗々彼方のあなた

未来は優しく、そして明るい
fin.



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