「ねえ、かあさん」
「んー?」
「とうさんは、どこにいるの?」
「!」


そう言ってユリナは、私の服の袖をきゅっと握り、不安そうな瞳で見上げた。

今は、第四次忍界大戦の最中。
かつて敵対していた五里が手を結び、強大すぎる敵に共に立ち向かっている。そのなかで、私の主人で子供たちの父親であるカカシは、第三部隊の隊長として最前線で皆の前に立ち戦っている。対して私は戦場には出ず里に残り、住民たちの不安を取り除き、里を護衛する任務に就いている。長男のコウタも下忍として私と同じ任務に就き、カナメとユリナにはカカシからの任務として家を守ってもらっている。


「とうさん、かえってくる?」
「…っ」


今にも泣きだしそうな瞳を見せたユリナに何も気の利いた言葉を返せず、同じ目線になるようにかがんで、そっと頭を撫でた。


「ねぇ、ユリナ」
「ん?」
「父さんは今、この里や、世界を守るために戦ってるの。それは分かる?」
「うん」
「たくさんの人の前に立って、ユリナやコウタ兄やカナメ兄を守るために、必死に戦ってくれてるのね」
「…うん」
「でも、相手にしてる敵がとても強いから、すぐには帰ってこられないんだ」
「…」


私がそう言うと、ユリナは口をへの字に曲げて俯いてしまった。きっと、私が言ったことを幼いなりに考えているんだろう。そしてその出た答えがとても悲しいものだったから、その顔を私に見せないようにしてくれているんだろう。カカシに似て、とても優しい子だから。


「ユリナ、母さんにお顔を見せて」
「…ん」
「父さんと長い間会えないのは寂しいよね。実は母さんもなんだ」
「…そうなの?」
「もちろん。だって母さんも、父さんのことが大好きだもん」
「…」
「でもね、私たちが知ってる父さんは、そんなに簡単にやられちゃうような人かな?そんなに弱い人かな?」
「…ううん」
「そうだよね。だから、父さんは絶対に帰ってくるから、それまでユリナには、このおうちを守ってほしいの。父さんと約束したもんね?」
「…うん!」


そう言って、やっと笑顔を見せてくれたユリナを思い切り抱きしめた。

私だって、不安に思わないわけがない。
カカシが隊長として数万の忍の前に立って指揮を執ること自体は誇りに思うことだ。綱手様が木ノ葉の代表としてカカシを指名してくれた気持ちも嬉しいし、そんな人が主人であることを素直に誇らしく思った。

だけどもし、もし…カカシが帰ってこなかったら――

こういう仕事をしているので、最悪の状況も覚悟しておかなければいけない。
戦争とは多くの命がなくなってしまう場所。皆が命を賭して自分にとっての大切なものを守り戦うところ。私も幼いころにその片鱗は見ているから、気持ちはわからないでもない。それに私だって忍の端くれだ。いつでも里のために命を懸ける覚悟はできている。

――でも、子供たちはどうなる?

下忍とはいえ八歳のコウタ、六歳のカナメ、四歳のユリナ。
まだまだ甘えたい盛りの幼いこの子たちに父親がいなくなってしまったら。大好きな父さんがいなくなってしまったら…。そう思うと、とても恐ろしくなる。

仕事柄、幼いころに親を亡くしてひとりぼっちで生きる子供たちを数え切れないほど見てきた。どの子も暗い影を背負い、孤独に打ちひしがれながら必死で生きている。ただいまも、おかえりも、いってきますも、いってらっしゃいも、何もない静かな世界で、ひとりぼっちに暮らしている。

もし叶うなら、大切な我が子にその苦労はさせたくないと、親になって強く思うようになった。我が子に何かを背負わせて生きていってほしくない。自分の進みたい道を、進みたいように生きられる手助けをしたい。そう思う。


「母さん」
「!」


ユリナを抱きしめたままそんなことを考えていると、ふと聞こえたコウタの声。その方に顔を向けると、心配そうな面持ちで私を見つめるコウタとカナメがいて。

そこではっとした。
私が不安そうな顔をしていてどうする。親の私がしっかりしないでどうする。大人の私なんかより、この子たちの方がよっぽど不安なんだ。私がこの子たちを支えなきゃ。

私が、守らなきゃ。


「大丈夫だよ、母さん」
「! コウタ…」
「俺、父さんが行く前に約束したんだ」
「…」
「父さんが帰ってくるまで、俺が父さんの代わりに家族を守るって」
「!」
「だから安心してよ、母さん」


そう言って笑ったコウタに昔のカカシが重なった。
知らなかった。まさかそんな約束をしていたなんて。まだまだ幼いと思っていた長男がいっぱしなことを言うようになっていて驚いた。けれど、子供の成長は、やっぱり嬉しい。カカシそっくりの優しい笑顔だから、なおさら。


「…母さん、」
「!」
「…その、おれも…母さんとユリナのこと、守るから」
「カナメ…」
「…おれはまだアカデミー生だし、コウタ兄みたいにつよくないけど…でも、ぜったい守るから」
「…っ」


きっと不安でいっぱいなんだろうけれど、六歳なりにたどたどしくも、しっかりと私を見据えて言うカナメ。その不器用で、でも優しさと温かさに溢れたその姿が、やっぱり昔のカカシに重なって。

立派に成長してくれたその姿に涙腺が緩んで、三人まとめて思い切り抱きしめた。


「母さん、苦しいよ…」
「…ありがとう、コウタ。ありがとう、カナメ。ありがとう、ユリナ」
「…母さん」
「かあさん、」
「…本当にありがとう、大好きだよ」


ぽろぽろと溢れてくる涙を見せないように堪えながら、三人に何度もありがとうを伝えた。
私が強くいなくちゃいけないと思うのは、カカシが作ってくれた温かい家族があるから。この子たちを何に変えても守り抜いていく強い責任があるから。けれど、支えなければいけないと思いながら、支えられていたのはきっと私の方だ。この子たちがいなければ私はきっと参っていたことだろう。

大黒柱の不在。
圧しかかってくる責任と重圧。

そんな私を支え、励ましてくれていたのは、きっとこの子たちの方。
だからこれからは、私は本当に守っていかないと。カカシがいない間、私がこの子たちを安心させてあげないと。

三人を強く強く抱きしめながら、より強い想いを固めたそんな時だった。


「――いいね、俺も混ぜてよ」
「!?」


ずっと、聞きたかった声が聞こえた。
ずっと、想いを馳せ、無事を祈った声が聞こえた。

ゆっくりと視線を向けると、そこにはやっぱりずっと会いたかった人がいて。


「ただいま、みんな」
「……おかえり、カカシっ」


その疲れたような、どこかやりきったような顔を見ると、安心からかさらに涙腺が緩んで。そんな私を隠すように、そして私たちを包み込むように、土埃の匂いを纏ったカカシが、ぎゅっと力強く抱きしめてくれた。


「おかえり、父さん」
「あぁ、ただいま。コウタ」
「…おかえり」
「ただいま、カナメ」
「おかえり、とうさん!」
「ただいま、ユリナ」


そう言って三人の頭を撫でながら、優しい顔をして微笑んだカカシは、ゆっくりと視線を私に向ける。


「…おかえり。よかった、無事で、」
「ユヅキ、ただいま」
「…うん」


無事に、生きて、帰ってきてくれた。
この家に、私たちの元に、帰ってきてくれた。

その事実がやっと理解に追いついて、嬉しくて、安心して、ずっと体に入っていた力がすっと抜けていった。

子供たちもカカシの姿を見て安心したのか、ぐずぐずと鼻を鳴らしている。
カカシはそんな姿を見て、今一度、一人一人の頭を優しく撫でた。


「遅くなってごめんね、もう大丈夫だよ」
「…本当に、よかった…」
「いっぱい心配かけてごめん。俺がいない間、子供たちを守ってくれてありがとう」
「…っ」


子供たちにするように優しく頭を撫でてくれるカカシに、私はただ首を振ることしかできなかった。
違うよカカシ。守ってもらっていたのも、支えてもらっていたのも、全部全部私の方だよ。みんな、しっかりとカカシの意志を継いで、しっかり育ってくれてるよ。私の方こそ、ありがとうだよ、カカシ。

子供たちが守ると言ってくれたこと。
カカシが無事に帰ってきてくれたこと。

いろんな嬉しさが綯い交ぜになって、やっぱり止まってくれない涙。

ただ、しあわせだと思った。
カカシと結婚できてよかったと思った。
この子たちのお母さんになれて良かったと、心の底から思った。


「コウタ、カナメ、ユリナ」
「…はい」
「…」
「父さんがいない間、母さんを支えてくれて、ありがとう」
「!」
「…父さん」
「父さんと母さんの子供に生まれてきてくれて、ありがとう」
「…っ」


カカシがそう言うと、三人は瞳に涙をいっぱい溜めながらカカシに抱き着いた。
そんな三人に優しい笑顔を向けながら、カカシは真っすぐ私を見て、こう、言葉を紡いだ。


「ユヅキ」
「…」
「俺と結婚してくれて、この子たちの親にしてくれて、――本当にありがとう」
「…っ」


カカシのその言葉をきっかけに、子供たちと一緒に抱き着いて声を上げて泣いた。

今日だけは、情けない母親だと思われてもいい。
今日だけは、子供みたいだと笑われてもいい。


「…カカシ――」
「ん?」


この人と、この子たちと、家族になれたことに。
今、心の底から伝えたい。



ありがとうの花束を


fin.


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