『あんたは今日も覇気がないねぇ』
『しゃきっとしなさい、しゃきっと!』


いつも俺の周りをぐるぐると犬みたいについて回って、へらへら笑って俺に喝を入れる面倒くさい女がユヅキだ。ちょこまかと俺の周りを嗅ぎ回って、気づけばいつも、俺の周りにいる。俺のことを好きだと毎日触れ回り、俺自身にも言い続け、そしてにへらと満足そうに笑っている。

面倒くさいと、思ってた。
俺には誰かと一生を添い遂げる気も資格もない。だから俺のことは放っておいてくれと何度言ってもあいつは聞く耳を持たない。それどころか、そう言った俺の額をひとつ打って、今度は毅然とした真面目な顔で、こう言い放った。


『幸せになる資格のない人なんて、この里にはいないよ』
『カカシのことは私が守る。だから安心して戦って』

『だって、私はカカシが──』









「っ、はぁ…はぁっ」


さすがにこの数を捌くのは骨が折れる。
多勢に無勢とはこのことで、俺一人に対して敵の数はざっと三十。単独任務の帰り道に運悪く出くわしてしまったってわけだ。

念の為に里に式は飛ばしたものの、ここから里までは距離があるから増援が来るまでにはまだ時間がかかりそうだ。どんどん数が増えるのと任務帰りという最悪の状況で、チャクラはもうほとんど残っていない。視界も霞み、攻撃を躱すのがやっとだ。


「…万事休す、か」


やっとの思いで瞬身の印を結び、木の幹に身を預け気配を消した。
手持ちの忍具を確認する。頼りない量しかないそれにまた息を吐いた。珍しく上がりきった息は吐くだけで熱気を帯びている。

ここで、俺の人生は終わってしまうのかもしれない。
何人もの大切な人を守りきれなかった俺には似合いの最期だ。志半ばで散って行ったみんなの命は、俺が代わりに生きられたのだろうか。あの世で皆に会ったら、胸を張って、久しぶり、なんて笑えるだろうか。


「…って、何をセンチなこと言ってるんだ、俺は」


終焉モードも甚だしいと自嘲気味に笑った。
皆に誇れる云々考えても仕方ない。どのみち俺は、きっとここで──

そんなとき不意に、いつも俺にまとわりついてきたユヅキの姿が脳裏に過ぎった。
そっか。ここで死んだら、もうあいつの馬鹿みたいにうるさい声も、嬉しそうに咲くあの笑顔も、もうなにも……


「その写輪眼、頂くぜ」
「!?」


突然背後に聞こえた声にバッと振り返ると、霞む視界に映る男の姿。俺としたことが、ここまで接近されるまで気づけないなんて、本当にここで俺は…。

応戦する体力も気力も残っていない。俺に向かって真っ直ぐ伸びてくる男の剣を最後に、ゆっくりと目を閉じた。

皆の代わりに世界を見るのは、皆のいない未来を一人歩くのは、どうやらここまでのようだ。ごめんな、オビト。ごめんな、リン。すみません、先生。ごめんね、父さん。

すまない、ユヅキ──


「私のカカシになにしとんじゃボケーー!!」
「!?」










「…ま、それで俺は、俺のことを全身全霊で想ってくれるユヅキのことが好きだって気付いたんだよ」
「へぇー」
「そんなことがあったんだ」
「…」


久しぶりに夕方に帰って飯を食って、親子四人で風呂に浸かって催促された昔の話。
子供たちがまだ小さいからこんな時間を持てるけど、同性のコウタとカナメはともかくユリナに関してはもうすぐ「父さんと一緒にお風呂なんてやだ!」って思春期まっさかりなことを言い出すんだろうなと少し早めながら傷ついている。まだ何もないけれど。
「それでそれで?」と促すユリナをなだめながら、また昔に想いを馳せた。


「それで…ま、俺は初めてあいつに怒られたんだ」
「怒られたの?」
「あぁ。生きられる可能性があるならしがみつけ、自分から諦めようとするな、ってね。自分で無理だと生に線を引くことが、一番の死者への冒涜だ、って」
「…」
「だから俺は生きようと思えた。そして、ユヅキと結婚して、おまえたちが生まれた」


あの時、もし、ユヅキが来てくれなければ、きっと今の俺はいないだろう。ユヅキと恋仲になることも、この宝物と出会うこともなかっただろう。少し前、唐突にそう思ったら、この幸せな時間が大切なあまり、情けなくも震えてしまった。斯く言う今も、少しばかり涙ぐんでしまっている。もう年なのだろうか。子供たちの前では格好良い父親でいたいのでぐっと堪える。


「なんか、母さんが母さんらしいって言うか…」
「…俺、父さんが先に好きになったんだと思ってた」
「わたしも!」
「ま、たしかにそう思うだろうな。でもたぶん、先に好きになってたのは俺の方だよ」


昔を思い出しながらそう言うと、三人はそろってきょとんとする。
コウタとユリナはユヅキに似た優しい目を、カナメは自分でも思うほど俺に似た眠たげな目をして、その六つの目は真っすぐに俺を射抜いていた。愛おしい、大切な三人の宝物。


「俺の周りをちょろちょろして、居なくなったと思ってホッとしたらまたすぐまるで湧き出るように現れるんだ。正直最初は面倒だなと思ってたけど、そうも毎日のように続くと、来ない日にどこか寂しいと思ってる俺がいてな。だけどそれが、まさか人を好きだって気持ちだなんて思わないでしょ」
「…」
「だから、先に好きだと気づいたのはユヅキの方。でもあとから思い返せば、俺の方が先に好きになってたってこと」
「……わかんない」
「大人って、難しいや」
「ね」


そんな三人に「おまえたちもいずれわかるさ」と笑っていると、「おーい、いつまで入ってるのー?逆上せちゃうから上がりなー」って言う奥さんの声が聞こえて四人で顔を合わせて笑った。



どうにもこうにもこれが愛


fin.



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