「ただいまぁ」
「あ、とうさんだ!」


玄関が開く音と聞こえた声にユリナがぱたぱたと走って行って、コウタは私の手伝いをしてくれてて、カナメは興味ありませんって顔をしてるくせに時折玄関の方をちらちら見ながら忍術書を読んでる。

そんないつも通りの光景にほほえましく思いながら引き続き洗濯物を畳んでいると、がちゃりとリビングの扉が開いて疲れた様子のカカシがユリナを片腕に抱きながらもう一度「ただいま」とほほ笑んだ。


「おかえり、父さん」
「…おかえり」
「おかえり、カカシ」
「ただいま」


第四次忍界大戦の終戦からもうすぐ半年。
カカシの怪我は幸い大したことはなかったけど、彼は親友からもらった写輪眼を失った。深く話を聞けばあの戦争でいろいろあったらしく、とても疲れたような、でもなんだか晴れやかな顔をしてたっけ。

戦後の今は、戦争で殉職した忍の家族へのケアや、戦争孤児たちの預け先のこと。被害のあった各地への支援復興作業など後処理の任務に走り回ってるカカシは、いつもは早くても子供たちが寝静まった後に帰ってくるのに今日はなんだかとても早い。


「今日はずいぶん早かったんだね」
「…あー、うん。ま、いろいろあってさ」
「そっか」
「とうさん!いっしょにおふろはいろう!!」
「おーいいよユリナ。じゃあコウタとカナメも、久しぶりにみんなで一緒に入るか」
「…うん」
「いいの?父さん疲れてない?」
「はは、心配ありがとう。大丈夫だよコウタ」


「さ、早く行こう」
喜んでる子供たちを連れてお風呂に向かった背中を眺めながらため息をついて、カカシのご飯の支度にとりかかった。


微かに聞こえるお風呂場からの騒ぎ声に耳を傾けながら料理をする。

きっと、なにかあったんだ、今後の進退に関わるような何かが。
そんな大事なことと言えば戦争の前に木ノ葉が壊されて綱手様が意識不明になって早急に次期火影を決めなきゃならなかったとき、カカシが打診されて「引き受けようと思う」ってとても緊張した顔で言ってたっけ。あの時はすぐに綱手様の意識が回復したからこの話は流れたけど、戦争が終結して元の落ち着きを取り戻そうとしてる今ならない話じゃない。

ましてやカカシは一度、ナルトのために火影になる覚悟を決めている。
終戦からすぐ、カカシは綱手様から一週間の慰労休暇をいただいて、そのときにじっくり話し合った。今回の戦争の首謀者は、亡くなったって聞いてたカカシの親友のオビトさんで。いろいろあって最終的にオビトさんはカカシたちを守って亡くなってしまったらしいけど、その今際の際で言われたって。“六代目にはお前がなれ”って。

火影は誰もがなれるものじゃない。実力も名声も、何もかもを兼ね備えた上に、里のみんなから認められてやっとなれるもの。だけど私の夫は、それらを全て持ってる。まだ小さい頃から里の明るいところも暗いところも全てを見て来たから、きっと誰も反対しないだろう。


「ユヅキー、ユリナ上げるよー」
「! はーい!」


そんな風に考えてたら思ったより時間がたってたようで、慌ててバスタオルを手にお風呂場に行って、「とうさんといっぱいおはなしできたよ!」って嬉しそうに笑うユリナを拭きながらよかったね、と微笑んだ。











「子供たち、もう寝た?」
「うん、はしゃぎ疲れたみたいでぐっすり」
「はは、そっか」


久しぶりに会えた父さんに嬉しさが爆発した子供たちは、その間に話せなかったことを思う存分聞いてもらって疲れて熟睡。三人そろって同じ寝顔を浮かべてて思わず笑っちゃった。

リビングのローテーブルで晩酌のビールを飲みながら報告書を書いているカカシに付き合って、向かい側にレモンティーをもって腰を下ろす。


「任務、どんな感じなの?」
「んー、復興は少しずつだけど進んでるし、孤児の受入れ先もだんだん整ってきてるよ。あともうひと踏ん張りってところかな」
「そうなんだ」
「あんまり帰ってこられなくてごめんな」
「いいよ、でもあんまり無理はしないでね」
「ありがとう」


報告書を書き終えたらしいカカシはぐーっと伸びをした後、汗をかきはじめてるコップを手に取った。


「ね、カカシ」
「んー?」
「単刀直入に聞くけどさ、」
「うん」
「…打診、あったの?」


私がそう聞くと一瞬固まったカカシは、ビールを一口飲むとコップを置いてため息をついた。


「あったよ。今日、正式に五代目から」
「…そっか」
「…でも、悩んでる」
「…悩む?」


まさかそんな言葉が出てくるとは思わなくて、思わずカカシを見つめた。


「終戦してすぐのころ、話したよね。オビトに六代目になれって言われたって」
「うん」
「たしかにあいつの言う通り、今のナルトに火影はちと重い。戦争が終わってすぐだからいろいろ処理しなきゃならないこともあるし、過去の遺物なんかもわんさかあるからね」
「そうだね」
「だから俺はあの時決めたんだ。俺が火影になって、戦後の処理も、過去の清算もしてから綺麗な状態でナルトに譲ろうって。オビトに言われたからじゃなくて、自分の意志で、そう決めた」
「うん」
「…だけど考えれば考えるほど、俺にできるのかなって思っちゃって」


そう言ってカカシは、汗の雫が滴るコップを見つめた。


「オビトに写輪眼を返して、俺にはもう何もない。体力的にも落ちてるし、今前みたいに前線で戦えるかって言われたら難しいんだよ」
「…うん」
「だけど、じゃあ今ナルトに火影を任せられるかと言われたらそれもノーだ。あいつに影は似合わない。あいつはみんなの太陽であるべき奴なんだ」
「わかるよ」
「だから俺がしたほうがいいとも思うんだけど…」
「…」
「…ねぇ、ユヅキ、」
「…ん?」
「……俺、どうすればいい?」


不安げな視線を向けてくるカカシを、じっと見つめ返した。


「…私個人の意見を言うね」
「ん」
「私は、今の木ノ葉で火影になれるのはカカシしかいないって思ってる」
「…うん」
「それこそずっと最前線にいた経験と、実力と名声。どれをとってもカカシ以上の人はいないよ。ナルトもたしかに強いけど、まだ経験ってとこでは若いからね」
「…うん」
「私は、カカシほどいろんな経験をして、人の痛みを理解できて、悲しい過去を乗り越えてきた人を見たことない。だからカカシは六代目にふさわしいと思う」
「…」
「…だけど、カカシの奥さんで、あの子たちの母親である私が望むのは、」
「…」
「子供たちが誇れる父親になってほしい、ってことかな」
「!」


そう言ってコップを握る手を握ると、カカシは驚いたように目を見開いた。


「カカシがナルトのために火影になるっていうのも凄く格好良いし素敵だけど、私たちや里の家族を守るために火影になるっていうのも、いいんじゃないかな」
「…ユヅキ」
「だけどカカシが本当に火影になったら、今以上に会えなくなる分子供たちは寂しく思うだろうね」
「…あぁ」
「だからその分私がカカシのことも子供たちのことも支えるよ。きっとしんどい想いもするだろうけど、私は何があってもカカシの味方だから」
「…ありがとう」
「私からはここまでにしておくね。あとはカカシの判断に任せる。でもカカシ、これだけは忘れないで」
「…ん?」


ぐいっと身を乗り出して、カカシの頬にキスを落とす。


「何があっても、私たちは家族だからね」
「!」
「おやすみ!」


自分でした行動に恥ずかしくなった私は、ぽかんとしたままのカカシを放っていそいそと寝室に走った。











「みんな、ちょっと集まってくれる?」


翌朝。そんなカカシの号令に不思議そうな顔を向けた子供たちはカカシを囲むように腰を下ろす。そんな光景を見て洗い物を終えた私が最後に腰を下ろしたのを見て、カカシはふーっと息を吐いてみんなの顔を焼き付けるように見つめた。


「実は父さん、六代目火影にならないかと言われてるんだ」
「!」
「六代目…火影?本当に?」
「ああ、そうだよコウタ」
「ほかげって、つなでさまのこと?」
「そうだよユリナ。その綱手様の次が六代目。父さんはそれにならないかって誘ってもらってるんだ」
「へぇー」
「…それで俺、いろいろ考えんだけど」


そこまで言ったカカシは、昨日のような不安げな視線を向けてきた。
私はカカシの結論を聞きたくて、黙って頷いた。


「…この話を、受けようと思うんだ」
「…」
「…」
「火影になれば今まで以上に家にいられないと思う。お前たちに寂しい想いもさせると思う。それでも俺は…」
「…いいよ、父さん」
「!…カナメ」
「…アカデミーでもいろんな人が、父さんしか火影になれないって言ってるもん」
「俺もよく聞くよ。それに、六代目の打診が来たってことは父さんが強いって認められてるってことでしょ?俺、嬉しいよ」
「とうさんがほかげ!なんかかっこいー!」
「…だってさ、カカシ?」
「…っ」


口々にそういう子供たちの言葉を聞いてじわりと涙をにじませたカカシは、思いっきり私たちを掻き抱いた。


「…く、苦しいよ父さん」
「…ん、ごめんカナメ」
「父さん、何か手伝えることがあったら言ってね」
「あぁ、ありがとうコウタ」
「ユリナもおてつだいするー!」
「期待してるよ」
「……無理はしないで、ちゃんと寝て。ご飯もしっかり食べて、お風呂にも入りに帰ってきて。それから…」
「…全部わかったよ、ユヅキ」




それから一ヶ月後、カカシは正式に六代目火影の座についた。
まだ着慣れない火影の羽織をまとったカカシの姿に、子供たちは目をキラキラさせて喜んでたっけ。



木ノ葉隠れの里、六代目火影――はたけカカシとその家族。
私たちはどんなことがあっても、絶対に切れない絆で結ばれてるんだ。




ほかげについて


fin.


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -