忘れ形見

船の修理も大方の目処が立ち、出航の準備で慌しくなってきた。
この島を離れる前に、僕はもう一度だけ父さんの船を見に行くことにした――のだけど、どうしたものか…。
うろうろと甲板の上を歩き回っていても仕方がない。とはいえ、目的の人物であるエルザは船中探したけど見つからない。
クォークも忙しそうだし、諦める方がいいか…。一人で行くという選択肢もあるにはあるけど。

「……ユーリス、さっきから何してるの?」

声のした方を振り向くと、訝しげな表情でエマが小首を傾げていた。

「エマ、エルザ見なかった?」
「見てないけど…どうかしたの?」
「そろそろ出航だろ。最後に父さんに挨拶に行こうと思ったんだけど…。」
「あ、なるほどね。」

エマは全部分かりました、と言わんばかりに頷いた。

「私でよければ一緒に行くよ。エルザほど役には立てないと思うけど、一人で行くよりはマシでしょ。」
「え……いいの?」
「暇だしいいよ。」
「じゃあ、お願いするよ。」

確かにエルザのあの力は便利だけど、今までなかったものだし前衛が一人いてくれれば十分だ。船内に入るつもりもないし。
それに彼女は決して弱くない。グルグ族を相手にあれだけの奮闘を見せたのだから、かなりの修羅場を潜ってきているのは明白だった。






父さんの船までは念の為島の外周を通ったお陰で、ほとんど魔物に会うことなく辿り着けた。
ボロボロに朽ちた船の船首の辺り――父さんの眠る船長室を見上げる。
あの日、父さんは命がけで僕達を守ってくれていた。帰ってこなかったことには文句を言ってやりたいけど。
色々な想いがぐるぐると頭を巡って、僕は目を閉じた。



父さんへの挨拶を済ませ振り向くと、後ろで待っていたエマは手を合わせ祈るように頭を垂れていた。…いや、ようにじゃなくてまさに祈っているんだろう。僕の父さんの為に。
あの時、船の中でもエマは泣いてくれた。彼女のことはいまいち分からない。分からないけど、嫌ではなかった。

「エマ」
「ん、もういいの?」
「あぁ。足を運びたかっただけだからね。」
「そう。…船、このままにしておくの?」
「あれは父さんの船だ。手出しをしたら叱られる。それに、父さんの思いは僕がしっかり受け取った。」
「そっか…。なんかユーリス、かっこよくなったねぇ。」
「は?な、何言ってんの…。」

いきなり褒められて、そんなことに慣れてない僕は思わず目を逸らした。

「あはは、あんなに無愛想だったのに!」
「わ、悪かったね!」

前は前、今は今だ!
若干の気恥ずかしさを感じて、笑い続ける彼女を置いて足早に帰路へ向かった。



そのうち笑いが収まったエマが黙って横に並ぶ。声に出してないだけで、その顔に笑顔が張り付いてはいるんだけど。

「そういえば、あのダガー直してもらってたけど使えそう?」
「あぁ、まだ十分使えるよ。」
「そっか。大事なものが増えたね。」

珍しくエマが目を細めて微笑んだ。
何となく直視できなくて話題を探したけど見つからない…。

「私もね、」

エマが左手に持っていたダガーをくるりと回して前に掲げた。

「これ、お母さんの形見なの。変な形してるよね。」

"変な形"と形容されたそのダガーは、複雑な曲線を描く儀式用の短剣のような見た目で、なのに剣先は鋭利で殺傷力が高そうにも見える。
…確かに変な形だった。

「前に使ってた太刀も師匠にもらったものなんだ。」
「え……。」
「あ、でもいいの。私の師匠ってね、何でも一振りで切ったけど刀の方が耐えられなくて、使い捨てになることも多くてさ。だから、太刀は消耗品って感覚なの。それでも思い出の品と思うとなかなか捨てられなくて…無くなったのはいい機会だったよ。」
「ふぅん……。」
「修理費用だって馬鹿にならかったし。」

エマがそう言って困ったように笑った。
だけどその目は寂しそうだった。

「でもこっちは、壊れてもたぶんずっと持ってると思う。太刀ほど嵩張らないしね。」

エマがもう一度さっきのダガーを握り直して笑う。
今度は悲しそうだ。

エマの過去なんて知らない。だけど、何となく分かってしまった。
彼女は僕と同じように、過去に縛られている。前に進めないでいる。

「……壊さないのが一番だろ。」
「あはは、確かに!」

どこか自分に似ている、と思うと途端に放っておけなくなるのは何でだろう。


「ユーリスも壊さないようにね?」
「君に言われなくてもそうするよ」
「ですよね……!」
「まぁ壊れて無くなっても……」


僕が立ち止まると、エマも少し前で立ち止まった。


「今は、仲間がいるから別にいいさ」


自分で言っておいて少し気恥ずかしい。
けれど固まってしまったエマから、目を離しはしない。
僕の言葉に驚いただけならいい。でもそれだけじゃなさそうだった。

「……そっか。」

ぽつりと言った彼女は、寂しそうな顔をしていた。



僕がエルザ達の言葉に救われていたように、僕もエマを救えるだろうか。




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