雨のち晴れはケーキにて

「タシャ!トリスタ様知らない!?」


廊下の向かいから、弟弟子であるアニスが酷い形相で走ってきた。
方向からしておそらく食堂の方から走ってきたのだろうが…。


「トリスタ様なら先ほど軍事棟へ向かわれたが…。酷い顔をしているぞ、何があった?」

「ありがと!」

「おい!」


奴は私の質問を無視して、軍事棟に向かって全力疾走していった。
本当になんなのだ…。
しかしあのアニスを放っておくわけにもいくまい。
それにトリスタ様に何かあったのかもしれない。急いで後を追った。





「トリスタあああーーーーっ!!!」

「む?アニスか?」

「覚悟ッ!!!」


私が追いついた頃、彼女はトリスタ様を呼び捨てながら殴りかかるところだった。
一体何事なんだ!
困惑しながらも、アニスが振り上げた手を掴んだ。


「!?タシャ!離して!」

「断る。一体何事だ?」

「おぉ、タシャよ。助かったぞ。」


アニスはギャーギャー騒ぎながら、掴んだ手を剥がそうと暴れている。
あんまりしつこいので、両手を拘束すると大げさに「痛い!」と叫ばれた。
大した力は込めていない。そんな嘘には騙されぬ。


「理由を話せ、アニス。そうすれば離してやる。」

「だ、だって…だってこの親父…!

私が頼んでおいた、皇室御用達パティスリーの特製ザッハトルテを食べたのよッ!!」

「…は?」

「おぉ、あれはお前のだったのか。あんまりに美味しそうだったのでな、さっき休憩のついでにタシャと食べてしまった。すまんな。」


ぴくり、とアニスの動きが止まる。
俯いていて顔は見えないが、明らかに不穏な空気を纏っている。


「……タシャも、食べたのね…?」

「……。」

「その無言は肯定と取っていいのね…。」


否定は出来ない。先ほどトリスタ様に休憩に誘われた時、たまには甘いものも食べねば頭が固くなるぞと確かにケーキが出てきていた。
俯いたまま微動だにしないアニスが気になり、顔を覗き込む。


―――ぽたり


床に小さなシミができた。


「…アニス?」

「す、すまん、アニス。今度同じものを頼んでおくから、泣くんじゃない。な?」

「うー……。」


さすがにトリスタ様も狼狽している。
まさか泣くほどとは…。


「もう…もう、皆嫌いー。大っ嫌いー!」


うわーん、とアニスは泣きじゃくる。
子供か。
いや、私からすればアニスはまだまだ子供だが。

そんな彼女を見てため息を一つこぼす。


「…トリスタ様、失礼します。アニス、行くぞ。」

「あぁ、タシャよ。すまんな。」


後は頼む。と困ったように言うトリスタ様の声を聞きながら、アニスの手を引いて軍事棟を後にした。











貴族の為に解放されている城内のカフェテラスで、アニスは先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべている。
もしゃもしゃと頬を膨らませ、なかなかに豪快に食べる女だ。


「…気は済んだか?」

「いや、まだまだ。」


そう言って彼女はメイドを呼び、再びなにやら甘ったるそうな名前のケーキを注文した。


「えへへ、タシャ、ありがと。」


向き直った彼女が、ハミカミながらそう言った。
思わず顔に熱が篭るが、彼女はケーキに夢中で気付いていないようだった。

私も随分アニスに甘いな。
惚れた弱みというやつか。



いつか彼女が背中を預けられるくらい立派な騎士になったら、この気持ちを伝えようと思っている。
彼女はどんな反応をするだろうか。
幸せそうにケーキを頬張る彼女を見ながら、そんなことを考えた。






「そういえば、なぜトリスタ様が食べたと分かったのだ?」

「だってあいつ、これで7度目だもん。私の物を勝手に食べたの。」

「……そうか。」





トリスタ様は甘いもの好きそう。
しかし相手視点苦手すぎる(^p^)


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