恋占い

アリエルの酒場の前――中央広場の入り口にはいつも占い師が座っている。
エルザはよく占ってもらっているようで、彼曰く"よく当たる!"らしい。
占いなんて信じてはいないけど、たまには…いやほんとたまにはやってみてもいいかなーと思ったわけ。

「お嬢さん、何を占うかね?総合運か…恋愛運かな?オススメは恋愛運だよ」

「じゃ、じゃあ…恋愛運で…」

そう答えると、黒フードの胡散臭そうな占い師は、テーブルの上の占い道具に手をかざして唸った。

「ふむ……君の運命の人はもう近くにいるようだね。そこの扉の先で待っていてごらん。きっとその相手が会いにくるだろう」

「は、はぁ……」

占い師は中央広場の東の扉を指差している。
近くにいるって随分近すぎる気がするけど…占いってこんな感じだったけ…。ますます胡散臭さが増したが、フード下からやけに威圧的な視線を感じて大人しく行っておくことにした。




扉の先は川にかかるバルコニーになっていた。
誰か現れるとしたら入って来た扉以外にはあり得ない。はずだ。エルザのようにここで泳ごうなどと思う人もそういないだろうし。
そんなことを考えていたら、丁度エルザが現れた。もちろん泳いではいないというか、普通に扉から現れた。

「あれ、アニス?こんなところで何してるんだ?」

「あ、あー……川を眺めてる?」

「……?」

爽やかに笑顔を作りながらもきょとりと首をかしげるエルザを見上げる。まさかエルザが運命の相手とかいうのだろうか。いやいや、カナンに殺される。

「そ、そういうエルザこそこんなところに何しに来たの?」

「あぁ、そこの広場に占い師がいるだろ」

なるほど、理解した。彼もまたあのおじさん(?)にここへ導かれてしまったということだ。哀れ、私もまた哀れ。
馬鹿馬鹿しい。若干肩を落としつつ帰ろうと扉へ視線を向けた時、また誰かが入ってきた。
今度は濃紺のドレスに身を包んだどこかのご婦人だった。彼女はエルザといくらか話し、頬を染め嬉しそうに帰っていった。

「エルザってたらし君だったの……」

「え?人聞きが悪いなぁ…質問に答えただけだよ」

「……そうね」

その返答があれなわけで、それを彼が理解しているかどうかは定かではないが私の中でエルザの株が少しだけ下がってしまった気がした。一体誰に教わったんだろうか。ジャッカル?まさかクォーク…?
うーん、と考え込んでいると「じゃあ俺はこれで」とエルザは颯爽と帰っていった。一体何をしに来たんだろう、というか慣れた様子でご婦人を落としただけだ。あんまりだ。




川がキラキラと眩しい。一層空しさが増した。
ふっと嘲笑気味の溜息を一つ溢す。
あの占い師の視線に負けて来たものの、仲間の軟派な一面を垣間見ただけで終るなんて。
恋愛なんて柄ではないが、多少、期待していなかったかと言われると否定は出来ない。
何とも言えない虚無感に苛まれながらも、どうしてか身動きが取れないでいるのはその証拠だ。
後に引けない。もうなるようになればいい。
はあぁ〜と盛大に吐いた二度目の溜息は、ギィィと軋んだ背後の扉の音でかき消された。


「ん…?なんだ、アニスか」

「わえっ!?タ、タシャ…!」

「相変わらず品のない声だな」

「う、うるさい!なんでこんなところに!」

扉が開いたことに驚いて、さらに入ってきたのがタシャだということに驚いて、逆ギレ気味にタシャに問いただしてしまった。
まさかタシャが…?いやしかし顔を合わせればお互い喧嘩腰で、相性は最悪と言える。正直に言って有り得ない。ないない絶対ない。

「ただの見回りだ。お前こそなぜここで川を眺めている?もっと生産的なことをして少しでも世の役に立ったらどうだ?」

「くっ……!言い返したいのに言えなくて辛い!」


運命の相手を待っているなんて言えば、馬鹿にされるのは目に見えている。
キッと睨んで無言で帰れコールを送ると、ふんと鼻を鳴らしてタシャは踵を返した。

「お前にかまけている時間が勿体無い。」

「でしょうね!」

その通り過ぎて涙が出そうだ。川を眺めるだけ女にかける時間は勿体無い以外の何物でもない。
タシャ以外であってもだ。



その後もぼちぼち人が来るものの、運命の相手らしい人はこなかった。
見回りの騎士様、かくれんぼ中の子供達、広場の掃除をしているおじさん……。
沈みゆく夕陽を眺め、涙を拭いた。
いや、実際は泣いてないけど、そんな気分で目を擦った。

流石に後に引けないとか言ってる時間ではなくなってきた。帰るか。虚しい。
あの占い師はまだいるのだろうか。いないで欲しい反面、いたら殴りたいと思う。

うーんと伸びを一つ。
アディオス、夕陽。あなたが運命の人(?)よ。
そんな馬鹿なことを考えていると、最後にまた扉が開いた。

「アニス!こんなところにいた……。」

「……!?ユ、ユーリス?」

飛び込んできたのはユーリスで、どうやらずっと私を探していた様子だった。

「待ってても来ないし、何かあったのかと……って、アニス?どうしたの、目が赤いよ」

「あ、あー……」

さっき擦った時に充血してしまったのだろう。心配そうに覗き込むユーリスに少々の罪悪感。

「ん?ていうか、待ってた?」

「……武器を新調したいから付き合ってーって、君が言ったんだろ。まさか、忘れてたんじゃ……」

「………」

一転、ぴくりとコメカミが動いたユーリスは完全にお怒りモードであった。

「アニス?それで、こんなところで、何をしていたの?」

やけにゆっくりと話すユーリスが怖い。これはあれだ、ここは素直に。

「す……すいませんでしたあああ!!」

土下座の勢いで頭を下げた。
私は一体何をしていたのか…!自分からした約束をすっぽかして!一日中!
ゆらりとユーリスの魔力が揺らめく気配がした。燃やされるのか。当然だね。

「……はぁ。心配して損した……」

「うぇ?」

ぽすっと下げたままの頭の上に手が乗った。乗っただけで撫でてくれるとかそういうのはない。そのまま掌は頭から離れた。
顔を上げると、その手が目の前に見えた。

「ご飯食べて帰ろ。奢ってくれたら許す」

「お、お安い御用で!」

断る理由がどこにあるだろうか。断わる権利すらないのだが。
差し出された手を取ろうとしてふと気付く。
今日ここへ来て、初めて手を差し出されたことに。

「アニス?」

まさか、そんな。

「大丈夫?顔赤いけど、もしかして風邪でも引いてた?」

「な、なんでもない!」

迷いなくおでこに向かってくる手を取って、過ぎった言葉を打ち消すように叫んだ。
そう、たかが占いではないか。
ここまで何もなかったのだから、ハズレたに決まっている。

"きっとその相手が会いにくるだろう"

バカ正直に高鳴る胸は、悪くないと思った。


……食べ盛りの少年が無遠慮にも財布の中身を空にするまでは。










余談だが、扉をでた先で、まだ定位置に座っていた占い師は、出てきた私を見てニヤリと笑い、親指を上げた。
イラッとした。

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