ふたり

世界は平和だ。
グルグ族との長年のいざこざも、大地の荒廃も、たくさんの犠牲によって終わりを告げた。
私達ももう戦う必要はなくなった。




「…って言われてもなぁ」

中央広場前の染料屋の屋上で、手摺に座ってぶらぶら足を遊ばせる。
下を見れば、人もグルグも一緒になって街の復興に行き交っている。

戦わなくていい――けど他に何かしたいこともない私はすごく困っていた。
皆みたいに目標が見当たらない。
何したらいいんだろう?
今までクォークに任せっきりだったんだなぁと再認識。


「っちょっと、アニス!何してるんだよ!?」
「んー?」
「危ないだろ!」

通りがかったユーリスが、呆れながらも慌てた様子で私の真下で騒ぎ立てた。
…下から両手を伸ばしても届かないと思うんだけど、落ちたら受け止めるつもりなんだろうか。
落ちてみようかなぁ…と少し腰を浮かせたけれど、それより先にユーリスは裏の梯子の方へ走っていった。
今落ちたら痛いだけだ。やめとこ。


「ユーリスの心配性ー」
「そこから落ちたら怪我じゃ済まないよ」
「落ちないって」
「アニスは案外抜けてるからねぇ…」
「酷いなー」

あっという間に屋上へ登ってきたユーリスは、私のすぐ隣で手摺にもたれた。
見慣れた所作だけどなんだか様になっていて、一々ちょっとかっこいいなぁなんて思ってしまう。

「何か悩んでる?」

こっちを見もしないで、ユーリスはそう言った。
なんで分かったんだろう。そんなに顔に出てたかな?
でもそんな疑問はすぐに解決した。

「君は悩みがあると高いところへ登りたがるからね」
「……そうだっけ?」
「バカと煙はなんとやら、ってね」
「むー……否定はできないけど」

ユーリスは小さく笑った。
こいつはよく笑うようになったと思う。傭兵団に来た頃はいつも不機嫌そうで、無愛想を絵に描いたようなやつだったのに。
だからってわけではないけど、ふとユーリスがこれからのことをどう考えているのか気になった。

「…ユーリスは、これからどうするの?」
「うーん。まだはっきりとは決めてないかな…」
「そうなの?」

意外……でもないか?
なんか親近感が湧く。

「私さ、これからどうすればいいのか分かんないんだ。ずっと傭兵でその日暮らしだったし、いざ自由に生きてくださいと言われても、他の生き方を知らなくて…。 だからって1人で傭兵稼業やっていけるとも思わないし、セイレン達みたいにお店やるって柄でもないし…お城暮らしももうこりごりで……」

何でこんなこと話してるんだろう。自分がよく分からない。
けど話してみたら、やっぱり私は何もしたいことがないんだなぁと改めて実感した。悲しい。

それ以上何も言えなくなって口を噤むと、冷たい沈黙が訪れた。


「じゃあさ――」

一拍間を空けて、ユーリスがそう切り出しながらこっちを向いた。

「一緒にやりたいこと探す?」
「………ほ?」
「変な声……。一人で探すより、二人で探した方がいいだろ」

それはそう……なのか?
心強いとは、思うけど。

「…でも、どうするの?」
「…まあ、焦る必要はないと思うけど」
「考えてない、と」
「とりあえずはセイレン達の店を手伝うとか、エルザの依頼をこなすとか、マナミアと森の様子を見に行くとか、出来ることからやればいいんだよ」
「やっぱり皆頼りかー…」
「少しくらい頼ったっていいさ。家族だろ?」
「家族……」

皆はきっと助けてくれる。家族だから。私が逆の立場だとしたら、絶対助けるもん。
でも、家族でもいつか1人で立たなくちゃいけない。クォークがいなくなった今は、そのチャンスのような気がする。

「私、やっぱり変わりたい」
「何、突然…」
「ずっとクォークに頼ってたんだもん。今度こそちゃんと1人で生きられるようにならないと…あの"お父さん"は心配するでしょ?」
「あぁ…随分過保護だったしね」

ほんとその通りだ。思い出したら笑えてきた。
クォークのお陰で今私は絶賛迷子だ。
でも、なんとかなる気がしてきた。前向きに考えるのもやっぱりクォークが教えてくれたことだけど。

手摺に立ち上がると、ユーリスがギョッとして私の手をとった。殆ど反射の早さで逆にこっちが驚いた。

「ッ…!アニス!」
「ねぇ、ほんとに一緒に探してくれる?」
「……そう言ったでしょ」
「へへ、ありがと」
「どういたしまして。とりあえずそこから降りようか?」

心配性なユーリスに苦笑いを向け、大人しく手摺から降りた。もちろん屋上側に。

「じゃあとりあえず……」

やりたいことは分からないけど、やらなきゃいけないことは分かってる。

「今日の糧を得るためにー……闘技場にでも行こうか!」
「発想がまるっきりセイレンじゃないか…」
「長年一緒にいれば似てもくる」

私が笑って言えば、ユーリスは呆れた様に笑った。


不安だらけの未来でも前を向けるのは、大事な家族が守ってくれるから。
一歩ずつ前に進めるのは、あなたが隣にいてくれるから。

だと、思う。









「私って何に向いてるんだろ?」
「とりあえず賭けには向いてないね」

糧を得るどころか今日のご飯抜きもしくはエルザに寄生が決定したことについて、こっちを見もしないで投げやりに言われた。

「……このまま城暮らしニートだけはちょっとなぁ」
「贅沢なニートだな……。まぁ、もし見つからなかったら……」
「ら………?」
「僕がもらってあげる」

やっぱりこっちを見もしないで、投げやりな感じに言われた。

でも、永久就職先だけは先に決まってしまったようだ。




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