HERO
最近たちの悪いお尋ね者が幅を利かせていてね――
そんな話を友達から聞いていた。
聞いていたのに、なんで今日に限って残業したんだろう。
いくらこのルリの街だって、夜遅くなればさすがに治安も悪くなる。その上さっきの話のせいで、最近は夜出歩く人が少ない。
…そんなことは分かりきっていたのに。
「……あの、本当、結構です」
「いいじゃねぇか。こんな時間に1人で出歩くってこたぁ、"待ち"なんじゃねぇの?」
「違いますから!」
私は今、大の男3人に絶賛囲まれていた。
別に裏路地というわけではない。むしろここは噴水広場という視界良好・昼間は活気溢れる場所だ。
人だって今の時間は少ないけど時々通る。けれど彼らは見てみぬフリだ。当たり前だけど、荒くれ者を相手にしようなんて人間はいない。衛兵くらい呼んで欲しいけれど、彼らは下町の民衆の為にはそうそう動かない。
なんとか虚勢を張って立っているけれど、内心はかなり焦燥している。もう心臓バクバクである。
冷静に、冷静に対応するべし。
不快な笑いを浮かべる男達を睨みながら、逃げる為のルートとタイミングを頭の中でシュミレート。
………ちょっと絶望的だった。
「まぁ暇なんだろ?ちょっと付き合えよ」
「っ!!触らないで!」
無理やり捕まれた腕を咄嗟に払った。
しまった。これは悪手だ。
この後の展開はきっと予想通り。
もうだめだ。私おわた。
「何をしている」
「あ?」
タイミングよく、少し離れたところから声がした。
助けがきた。
そう思って声のした方を見たら、人相のあまりよろしくない男の人が立っていた。
仲間が増えたのか。そうか……。
「んだよ?正義のヒーロー気取りってか、カリアゲ君よぉ?」
「誰がカリアゲだ!!」
"カリアゲ君"に過剰反応したツンツン頭の男の人は、問答無用で剣を抜いた。
どうやら仲間ではないらしい。彼はさっき私を掴もうとした男と睨み合っている。
あ、そうだ、今のうちに逃げれば…!と向きを変えて走り出そうとしたら、別の男に捕まった。
そう簡単にはいかないか。
どうにか逃げようと周りを見れば、ツンツン頭の人と目が合った。
「おい、嬢ちゃん。そこを動くなよ」
「え?」
そこからはあっという間だった。
ツンツン頭の男の人が踏み込んだ瞬間、最初に睨み合っていた男が倒れた。
そのままもう一人の男もいつのまにか倒れていた。
最後に残った私を捕まえていた男は、最低にも私を盾にして逃げようとしたけれど、結局私を的確に避けた剣捌きの前になすすべなく倒れた。
「大丈夫か?」
ツンツン頭の男の人が剣を納め、私の方へ近づいた。
この人は身なりからしてきっと傭兵だろう。そこで倒れてる3人と同じ。
助けてもらったけどそれをネタに何かされるってことも、なきにしもあらず…。
「あ…ありがとうございます…」
とりあえず警戒したままお礼だけは言っておく。
私がジリ…と一歩下がったのを見て、ツンツン頭の人はため息をついた。
「そんなに警戒するな。何もしないさ」
「………。」
さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら、彼は人の良さそうな笑みを浮かべた。
なんだか悪い人じゃなさそうだ。
ほっとした途端、緊張の糸が切れて気付けば私はぺたりと地面に座り込んでいた。
「おい、大丈夫か!?」
「あう…ぅ……」
この歳で泣くとかありえないけど、どうしてか涙が止まらない。
「おい、こら泣くな!俺が泣かせたみたいじゃないか…」
「こ…怖かっ、た……っ!」
「そうだな。……気丈な嬢ちゃんだと思ったんだが…」
ぽんと大きな手が頭に乗り、子供をあやすみたいな優しい手つきで撫でられた。
その手は吃驚するほど暖かくて、余計に涙が止まらない。
堪えようにも頭にその手が触れる度に、どうしても涙が零れた。
しばらく泣いて、落ち着いた頃には深夜を過ぎていた。
彼は私が泣き止むまで――つまり今の今までずっと私の頭を撫でていた。まるでそれしか知らないという風に、ただひたすら撫でてくれた。
「もう大丈夫か?」と手を止めた彼を改めてまっすぐ見たら、ふとそこで伸びてる男の一人が言った言葉を思い出した。
「…大丈夫。ありがとう、ヒーロー」
「………ヒーローって柄じゃないんだが」
そう言って彼は苦笑いを返した。
それでも彼が物語のヒーローみたいに、私のピンチにとてもタイミングよく駆けつけてくれたことに変わりはない。
「……じゃあ、カリアゲ君」
「おい、誰がカリアゲだ」
やっぱり即答した彼に、思わず噴出してしまった。
彼の方は私の反応に複雑そうな顔で笑っていた。
「ねぇヒーロー」
「その呼び方はよしてくれ…」
「じゃあ貴方の名前を教えてくれる?」
"クォーク"と名乗ったツンツン頭のカリアゲ剣士は、過保護にも私を家まで送ってくれた。
クォークにひたすら撫でられ隊!