50cmの距離感

「…あらまぁ」


子供達をユーリスに任せ、図書室を後にしてから小一時間。
戻って来てみれば、可愛らしい団子が出来ていた。食べる方じゃなくて、猫団子的なやつ。つまり…


「皆して寝るなんて…」


テーブル一つまるごと使って、子供達がユーリスを真ん中に固まってお昼寝をしていた。もちろんユーリスも寝ている。
まったく…"先生"まで寝てどうするんだか。
皆が寝てる反対側――彼らの正面に腰掛けて、可愛らしい塊を眺めた。起こすのはまぁ…もうちょっと後にしよう。
すやすや眠る子供達に、私の口元は緩みっぱなし。誰も見てないから隠したりはしない。
写真に収めたいくらい可愛いけれど、生憎カメラは持っていない。

ぼんやり眺めていて、どうしても目に付くのは一番大きな子供のユーリスだった。普段そんなにじっくり見たことはなかったけど、とっても綺麗な顔をしている。
睫毛長いし…髪はさらさらだし………


「(触っていいかしら…)」


いつもなら撫でたりしたら怒るだろうけど、今はご就寝中。自然と手は伸びてしまう。欲望にまっすぐな自分に内心苦笑いしつつ、彼の頭に手を乗せた。
ゆっくり撫でれば予想通り柔らかく、さらさらと前髪がこぼれていく。
ちょっと幸せな気分。






「ん……」
「(おっと……)」


しばらく撫でていたら、くすぐったかったのかユーリスが小さく身じろいだ。
起きちゃったかな?まぁ、いいか。十分堪能したことだし。
彼はまだ夢現にぼんやりしている。こっちを見ているようだけど、焦点が合ってる風ではない…片目だからいまいち分からないけれど。


「……アニス」
「起きた?」
「………いつか、追いつく、から」


ほんの少しだけ開いていたはずの彼の瞼がまた落ちた。
……寝言?


「……っく、ふふふ…っ」


やばい可愛いなぁもう。追いつくだなんて、健気すぎる。
彼の気持ちは…まぁ知ってる。面白いくらい伝わってくる。正直言うと、私だってただの可愛い助手ってだけではないんだけれど、彼は小指の爪の先ほども気付いていない。
私のせいだけど。せめて彼が大人になってくれるまで、この机を挟んだ50cmの距離は埋めてはいけない気がしてしまって、自分から距離を取ってしまう。
ユーリスには悪いけど、この距離感も悪くはないと思っているのも事実。


さてと。



「皆ー!そろそろ起きなさーい!帰る時間よ!」


大音量で叫べば、子供達はのそりと起きる。あーとかうーとか言葉にならないうめき声を溢しながら、まだ覚醒しきらない様子にやっぱり笑みがこぼれてしまう。
大きな彼はさすがに起きて、私の姿を確認すると片目を真ん丸に見開いた。


「おはよう、ユーリス」
「あ……お、おは、よう…」


何とか挨拶が返ってきたと思ったら、彼は頬を赤らめて恥ずかしそうに俯いた。
いつもながらの反応…うん、やっぱり起きてるほうが可愛くて好きだわ。


「ご、ごめん。寝てた…。」
「気にしないで。いいもの見せてもらったわ」
「な……っ」


あ、耳まで真っ赤だ。可愛いなぁ。
にっこり笑えばユーリスは頭を抱えた。やっちまったーとかそんなことを思ってるに違いない。


「さて、皆は宿題があるからね。寝てた分は取り返すのよ」
「…えー!」
「鬼教官!」
「兄ちゃんだって寝てたじゃないか!」
「はいはい。じゃ、これ持って帰ってね」


"宿題"と聞いて、眠気眼の子供達はあっという間に飛び起きてぶーぶー文句を垂れた。宿題の用紙を渡せば、しぶしぶという様子で各々目を通した後鞄へ仕舞う。どんなに文句を言ってても、結局はきちんとこなしてくる皆が大好きだ。


「ほら、しゃきっとして。気をつけて帰るのよ」
「「「はーい」」」


またねぇと"先生二人"にゆるい挨拶をして子供達は帰っていった。
子供達のいない図書室は正直ちょっと寂しく感じる。まぁまだ一人残っているけれど。
彼はまだちょっとばつが悪そうにしていた。


「ユーリスももう帰って休みなさい。最近城内も慌しかったし、疲れてるでしょ」
「え、いや…大丈夫だよ」
「これは命令です」
「……鬼教官」
「何か言った?」
「……何も」
「ほらほら、帰るわよ。」


不満気な彼にさっきの子供達が重なって、笑いそうになったのを誤魔化すように彼の背を押して図書室の入り口まで向かった。
じゃあまたねぇ、とやっぱりゆるい挨拶をしてお見送り。



「…あ、そうだ。ユーリス!」
「何?」


図書室に戻ろうと半分足を踏み入れたところで、ふと思い出して彼に声をかけた。
数歩歩いた先でユーリスは振り返って小首を傾げている。一々様になるわよね。


「ちゃんと待ってるから、早くおいで。」
「…何のこと?」
「ふふふ、内緒。」


訝しげな顔をして考えていた彼だったけど、何か思い当たる節があったのか、はたまたぼんやりとでも思い出したのか、慌てて顔をあげた。
このままこの話を続けても、私は萌えるだけで問題はないのだけど、彼にしてみればきっときまりが悪いだろう。
まさか…!と慌てる声を聞きながら、さっと図書室に戻り扉を閉めた。
きっとこの後彼は一日悶えてるのだろう。ちょっと…いや、かなり意地は悪いかもしれないけど、それで一日私のことを考えてくれるというのは嬉しいかもしれない。


まぁ、この距離はまだ埋めないけれど。


追いついてくれる日を楽しみにしていよう。








(あぁ、その前に飽きられたらどうしようかしら…)





相互記念に悠様へ贈ります!


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