大人の彼女と子供の僕

カッカッカッカッ―――


図書室の扉を開けると異様な空気とこの不可解な音が響いていた。
音の出どころは……アニスだ。
見るからに…というか見なくても分かったけど、相当イライラしているらしい。
子供達もいないみたいだし、見なかったフリして帰ろうかな。


「あ、ユーリス。」


バレた。まぁ入り口正面に彼女は座っていたんだから当然なんだけど…。


「アニス…何かあったの?」
「あー……、これ。」


ひらりと手元の用紙を僕の方へ向けた。
……反省文って。


「この間さ、グルグ大陸を攻めたじゃない?結果はご存知の通り。」


グルグの城はもぬけの殻で、騎士達がやりたい放題やったってやつね。


「市民にまで手を出すもんだから、ストライキしたらこれよ…。反省文って、子供かっての!あのバカ隊長…!」
「なるほど…。」


アニスはまたインクのシミが異様に散った反省文の用紙に向って続きを書き始めた。あの変な音は、ペンで用紙を叩き続けた音だったらしい。


「よし、終わり。」
「早っ…。」


思わずツッコんじゃった…。
しかもアニスはさっきの不機嫌さはどこへやら、上機嫌にニコニコしている。


「ふふふ…、授業が無いのにユーリスが来たからね。たまにはマンツーマンで特別授業してあげる。」
「とっ…!?」


とと特別授業って……!
いや、あり得ない。一瞬あらぬ妄想をした自分を燃やしたい。


「そ、そんなことより、それ提出しなくていいの?」


全力で平常心を保ちながら、話題を変えた。
自分で言うのもなんだけど、情けないことに僕はこういうことに免疫が全くない。
対してアニスは大人の女性で、僕を余裕で弄んでくる。今だってすごくニヤニヤ顔だった――が、"提出"と聞いてものすごく嫌そうに顔を顰めた。


「まぁ…早めに出した方がいいかもしれないわね。」
「じゃあ出してきなよ…。」
「はぁ、仕方がない。行ってくるか。」


再度ため息を吐きながら、粗雑に丸めた反省文の用紙を握りつぶしそうな感じで持ち、アニスは図書室の扉へ向かった。


「あ、ユーリス待ってる?」
「え、あぁ…うん。」
「すぐ戻るわ。」


…別に彼女に会いに来たわけじゃないし待ってるというのもおかしいと思うけど。だけど、僕が頷くとアニスは嬉しそうに笑っていたので、まぁいいかと適当な本を読みながら待つことにした。











次に図書室の扉が開いたのは、本当に適当に取った本を半分ほど読んだ頃だった。そんなに厚みもないし内容も難しいわけじゃないけど、"すぐ戻る"というには遅い気がする。


「あ…まだ待っててくれたんだ。」
「そう言ったしね。」
「ごめんね、遅くなって。」


珍しくアニスは苦笑いしていた。
なんとなく滅入っているというか元気がない。ついでに何か違和感…。


「そういえばユーリス、今日はどうしたの?調べ物?」
「え……」


なんとなく暇だったから足が向いただけで、これといった用はない。
アニスに会いに、なんて本音は口が裂けても言えない。


「私に会いにきてくれたとか!?」
「こ、子供達の様子を見に来ただけだよ。そろそろ授業始めるかと思ってさ。」
「なんだ残念。でも授業再会はまだなんだなぁ。ちょっとグルグ族の動向が気になるしね。」


軽く笑ってそんな真面目なことを言う彼女は結構大物だ。そこらの騎士様とは違う…と、改めてアニスを見て僕はある一点に釘付けになった。
さっきの違和感。
いつもならきっちりと固く閉められたブラウスの首元が、今はゆるく崩れていた。
普段なら急いで視線を逸らすだろうけど、真っ白な首元に残る赤い跡から目が離れない。どう見てもキスマークだ。なんか無性にイライラする。


「?………あ。」


僕の視線に気が付いたアニスは、"しまった"という顔で慌てて襟元を抑えた。
僕よりずっと大人で、器量のいい彼女に恋人がいないわけがない。むしろいない方がおかしくらいだ。


「ユーリス!」
「は、な…何!?」


最悪の気分でムッとしていたら、アニスは結構なボリュームで僕の名前を呼んだ。驚いてつい返事を返したせいでもう逃げられない。やられた。
というかきっと彼女はそれを見越してあんな風に呼んだんだろうけど。


「誤解しないで欲しいんだけど!」
「わ、分かったから普通にしゃべってよ!」
「…あいつ、あの変態アホ面貴族騎士バカ隊長様ね、元彼なの。さっき反省文渡しに行って一悶着あってさ。最近よりを戻そうとちょっかい出してくるのよ…本当、最悪っ!あー、だから君が思うようなやましいことは何もないからね。」


アニスはそう一息に言い切って、ふぅと息を吐いた。
…っていうか別にやましいことなんて思ってないんだけど!
まぁでも、いつも物事をハッキリさせる彼女が何もないと言うのだからそうなんだろう。そう思うとなんとなく力の入っていた全身が軽くなった。
ついほっとしたのが顔に出たのか、ふと見たアニスは面白いものを見つけたように目を輝かせていた。


「妬いた?」
「な、何で僕がっ!」
「ふふふ、相変わらず可愛いなぁユーリスは。」


…そうやって、君はいっつも僕をからかう。僕の気持ちなんか知りもしないで。いや違うな、知っててからかってるんだ。君は大人で僕は子供だから仕方がないのかもしれないけど、なんかむかつく。妬いたかって?妬くに決まってるじゃないか。僕は君が好きなんだから!
クスクスと笑うアニスとその首に残る跡に苛立ち、僕は感情に任せて彼女の首筋に噛み付いた。


「……っ!?」


薄かった跡は今ははっきり分かるくらい真っ赤になっていた。ちょっとした優越感。
アニスは目を見開いて驚いて固まっている。


「…子ども扱いしないで。」
「っ……あ、と…」


はっと気が付いたアニスは見る見る顔を赤くして、何かを言おうとはするものの言葉にならないようだった。
いつもの余裕はどこにも見当たらなくて、なんとなく勝ったような気がして気分がいい。


「君だって可愛い反応できるじゃないか。」
「〜〜〜っな、お、大人をからかわないの!」
「僕だって子供じゃないんだけど。」


アニスからすれば子供なんだろうけど。
でも、そんな反応をするってことは、頑張れば可能性はあるってことだよね。


「ねぇ、アニス」
「な、何?」
「覚悟してなよ。」


今まで散々からかった分、いつか絶対返してやる。


いまだ赤い顔で頭を抱えたアニスを残して、僕は図書室を去ろうと扉に手をかけた。
扉を閉める直前、小さく「やられた……」と呟く声が聞こえた。

今日は僕の勝ちだ。




(さて、どうやったら彼女に並べるんだろう…)




あと2話くらい続きます^p^


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