家族の温もり 1/2
「ごめんね、アニス!悪いけど、今日一日ロトの事頼んだわね!」
そんなアリエルの声が響く酒場の1階。
アニスは朝から慣れない仕事を任されてしまった。
彼女の腕には1歳半ほどの男の子が納まっている。
今日はアリエルが親戚の子供を預かることになっていたらしい。しかし酒屋の発注トラブルで、アリエルはどうしても出かけなければならなくなってしまったのだ。
そうして困っているところに、運良くアニスがやってきたのだった。
「大丈夫だよー、私子供好きだし。心配しないで、いってらっしゃい!」
「ありがとうアニス。今度お礼するから!」
子供は夜には両親が引き取りにくるらしい。
ほぼ半日のベビーシッターだった。
「…とはいえ、赤ちゃんの面倒なんて見たことないんだよねぇ。」
まだほとんど話すことが出来ないその子は、アニスに抱かれて上機嫌できょろきょろと辺りを見回している。時折指差ししながら、あーうー言う姿はかなり可愛い…。
「よしロトくん、今日は私がママだよー!」
「……何してるの、アニス。」
「あ、ユーリス、丁度良いところに。子供好きよね!」
「え、まぁ…。その子供はなんなの?」
タイミングよく現れたユーリスに、事のあらましを説明する。
「なるほど。それでアニスが一日、ベビーシッターをするわけだね。」
「そう、でも私子育てなんて当然したことないし、ちょっと困ってたんだ〜。」
「ふーん…。じゃ、僕は城の図書室に行くから。」
「…え!?一緒に面倒みてくれるんじゃないの!?」
「…冗談だよ、そんな顔しないの。」
ユーリスのばかーとアニスが言うと、ああーと子供もユーリスを指差した。
あ、ユーリスの顔ちょっと引きつってる。これは珍しい・・・。
ロトくんは私の味方だね!
しばらくロトくんはご機嫌で、アニスとユーリスに抱っこされたり、酒場の中を歩き回ったりと楽しそうに遊んでいた。
人見知りもしないのか、昼間からいるお客さんにも笑顔を向けている。
うむ、可愛い。
思わずこっちも笑顔になって見つめていると、ロトくんは急に大人しく指をくわえながらこっちへ寄ってきた。
「まんまー、まんまー」
「!!ママって呼んだ!?」
「…いや、違うでしょ。どう見てもお腹が空いたんでしょ。」
そういえば、お昼の時間だ。私もお腹が空いてきた。
ママじゃなかったのはちょっと悔しいけど、ユーリスの言う通りのようだ。
そういえばアリエルがお弁当置いていってくれたのだった。
あ、天気もいいから外で食べよう!
噴水広場のベンチに腰掛けお弁当を広げると、いつもの美味しそうなサンドイッチが目一杯詰まっていた。
ロトくん用にも小さめのサンドイッチとおにぎりが用意されている。
「いただきまーす!」
「あい!」
「…いただきます。」
ロトくんはペチンッと手を合わせ、ちゃんといただきますが出来るようだ。
上機嫌でアリエルのお弁当を頬張りながら、どこかから聞こえてくる音楽に合わせて体を揺らしている。
「もー…やばい可愛いな、この子!」
「そうだね。」
「お、やっぱりユーリスも可愛いと思いますか。」
「まぁね。……アニスの方が可愛いと思うけど。」
「なっ…!何を言って…!」
不意打ちに顔が赤くなる。
ユーリスは時々こういうことをさらっと言ってしまうので敵わない…。
恥ずかしくなって、つい黙り込んでしまった。
黙々と食べていると、『あー』という声とペチッという音が同時に聞こえてきた。
「あ、ロトくん、ご馳走様かな?」
ロトくんのお弁当は綺麗さっぱりなくなっていた。
よく食べたねー、えらいねー。と頭を撫でていると、ユーリスにロトくんを取られてしまった。
「よし、ロト。アニスはまだ食べてるみたいだから、お兄ちゃんと遊ぼうか。」
「え、えぇ?ちょっと、待ってよー!」
私の声は見事にスルーされ、ユーリスとロトくんは噴水の方へと走っていってしまった。
ちょっと寂しいけれど、二人の後ろ姿がとても微笑ましかったのでしばらく見ていよう。
なんかいいなぁ、こういうの…
私は孤児院で育ったので、家族というものを知らない。
親の気持ちなんて、これっぽっちも分からない。
けれどきっと、家族というものはこんな感じなんだろうな、と思える。
素直に羨ましい。