怖いもの=

この街の、ある貴族の館の噂を知っているだろうか。
一度入れば出られない…通称、人食いの館。館の窓に、子供の霊を見たという人も大勢いる。

そんな幽霊屋敷へお邪魔したのが1時間前。
結論から言えば、人食いの館というのは事実で幽霊もいたし、アンデッドの魔物もいっぱいいた。ついでにヴァンパイアまで出た。

でもまぁ、そんなことはもうどうでもいい。現に私達は館の魔物を一掃して事件解決、酒場に戻って一服中なのだ。
酒場の角の席は、私のお気に入り。いつものその場所に座って反省会…という名目でユーリスをからかっている。
なんたっていつもクールなユーリスが…



「お化けが怖いだなんて…!」

「べ、別に怖くないってさっきから言ってるだろ!」

「そう?でも尋常じゃない驚き方だったよ?」

「アニスだって叫んでただろ。」

「それは吃驚しただけだし。私は泣いてないし。」

「ぼ、僕だって泣いてない!」

「あぁ…昔のクールなユーリスはどこへいったんだろ…。」

「アニス…!いい加減にしないと怒るよ。」


それは勘弁。
でも恐怖でテンパる彼が可愛かったのは事実だ!


「ま、私はユーリスの弱いところも知れて嬉しいけどね。」

「…僕は嬉しくない。」

「いいじゃん、さっきのユーリス可愛かった…っぷふ!」

「………。」


思い出してつい噴き出してしまった。
ユーリスがものすごいジト目で睨んでくる。
まずい、これは燃やされる…。


「…アニスは怖いものとかないの?」

「(あれ、怒られない?)怖いもの?…怖いもの………うーん、特にないかな?」

「ふぅん…。」


大して興味はなさそうだった。あ、話を逸らされたのか。


「あれ?そういえば、ユーリス…アンデッド兵もダメなの?あれは魔物でしょ。」

「……だから、違うって言ってるだろ。」

「もしかして、牢屋の地下でやけに静かだったのって……怖かったの?」


ガタンッと椅子を鳴らしてユーリスが立ち上がった。
あ、さすがに言い過ぎたかも。


「アニス、怖いものないんだよね?」

「…うん?」


また話を逸らしたな…と思った時には、ユーリスの腕と壁に挟まれ身動きが取れなくなっていた。
今日ばっかりはこのお気に入りの角席が仇になってしまったようだ。


「怖いっていうのがどういうことか教えてあげる。」

「……い…いや、結構です。」

「遠慮しなくていいよ。」

「あ、うん、もう分かった。怖いの分かった!理解した!から、どいて…?」


切実に。
お願いすると、彼は黒いオーラを纏ったままニヤリと笑い、綺麗な指で私の首筋を撫でた。


「ユ、ユーリスさーん?ここ酒場の1階ですよ…?」

「だからなに。」


うわぁ、相当怒ってらっしゃる…。
これは確かに怖い…!


「あの…ご、ごめん!ちょっと言い過ぎた!」

「…本当にそう思ってる?」

「ほんとに!もう言わないから!」


本当にごめんなさい!と頭を下げて謝ると、頭上から盛大なため息が聞こえてきた。


「アニス。」

「……?」


名前を呼ばれて顔を上げると、目の前でユーリスの前髪が揺れていた。


「今回はこれで許してあげる。ご馳走様。」

「〜〜〜〜っ!?」


だ、だからここは酒場の1階だってば…!
もうほんと、人前でちゅーとか勘弁してよ…!
クールキャラはどこいったの!


あまりの恥ずかしさに頭がショートし、「アリエル、お酒ー!!」と叫んで余計な注目を集めてしまった。







「あー……怖いものあったかも。」

「は?」

「ユーリスに嫌われるのは怖い。いなくなるのはもっと怖い。」

「……そんなの、絶対に無いから安心しなよ。」

「おぉ…じゃあ怖いものなしだー。」

「…さっきのはもうなかったことになってるの?この酔っ払い…。」







柚様、リクエストありがとうございました!


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