いつものハードな練習が終わり、一年生は集団でぶらぶら下校していた。重いエナメルのバッグを引き摺って、各々折り畳みの傘を持って歩く。午後から部活の間、三十分ほど前までずっと土砂降りだったのだ。今もまだパラパラと振っている。足元の水溜りに知らず知らず突っ込んでしまい、バシャリと泥水が靴と靴下を滲ませるたびに眉を顰めた。
 今日の練習は体育館がワックス掛けされていたため使えず、放課後の校舎の廊下でだった。年に三回ほどこういうことはあるのだが、その時の練習は走り込みやラダー、ハンドリングの練習が主だ。いつも重点的にしている練習と勝手が違い異様に疲れてしまう。それでも食べざかりの高校生男子、どんなに疲れる部活が終わっても腹の虫が大いにうるさい。

「腹減ったー」

「なんか食ってくべ」

「俺カレー食いたい」

「ココイチ寄りてー」

「ばっかお前セレブかよ。小遣い入ったら一人で行け」

「彼女とココイチ行きてー!」

「あっ、僕肉食べたいです。ニク」

「黒子って量食えねーのに重いの好きだよな」

「あ、一番好きなのはバニラシェイクです」

「いいよもうその茶番。おっ、松屋みっけ」

「ハッシュドビーフ食べたい……」

「黒子さっき肉食いたいって言ってなかった?」

 降旗空気よめよー、とか空いてっか? とかみんなして下らないことを言いながら、男五人で狭いドアをくぐる。

「あ、」

「あっ」

 店員のいらっしゃいませの声を聞くより前、五感に飛び込んできたのは高校生だった。高い身長に恵まれた体つきをした人物と、人を観察するように目を細める人物。

「秀徳の緑間と高尾ッ!?」

「うっわ、奇遇だなー。切っても切れねー縁感じちゃうかんじ?」

「……今すぐその縁を裁ち切れ」

 降旗君が叫んだ通り、カウンター席には緑間君と高尾君が居た。いつもの通り苦そうな顔立ちの緑間君に一通り苦笑した。

「おい五人だとテーブル席四人でカウンター一人っぽいぞ」

 そんな火神君の言葉に僕達は目を合わせ、拳を握った。空いているカウンター席は、高尾君の隣ひとつだ。

「最初はグーッ!!」

 というかその前に食券買えよと一人ツッこんだ。




「……隣失礼します」

「ジャンケン弱いねー、黒子。相手の目を見なきゃ」

「お前が言っても説得力に欠けるのだよ、高尾」

「にゃにおう!? 確かにまだ一回も勝ったことねーけどさあ!」

 隣で微笑ましい小競り合いが起こり、小さな笑いを堰き止められずに口から息が漏れた。

「……なんだ黒子」

 緑間君の睨め付ける瞳は機嫌が悪いというより、あくまで羞恥を感じ拗ねているような雰囲気がした。僕はそれが愉快で口角を少しあげた。

「いえ、仲良いですね」

「だっしょ〜? 俺と真ちゃんは親友だからね!」

「言ってろ」

「意外と厳しい!」

 ふう、と溜息をついた緑間君に高尾君が焦ったように叫んだ。けれど彼のほのかな余裕を見つければこれがいつも通りなのだと悟った。

「仲、いいですよ」

 目を合わせたままソレを細めれば緑間君は眉を顰めて手元のカレーを口に運んだ。食べた端から綺麗に処理されている皿は彼の潔癖さを窺えた。

「学校でも一番仲いいんでしょう?」

 隣の席の高尾君に聞けば彼はブハッと咳き込むように笑った。

「そうね、だけど別に誤解すんなよ? 真ちゃんと一緒に行動すんのは偽善とか俺の優しさじゃねーから。コイツほど隣に居てオモシレエ奴はいねーよ」

 何度も、問われてきたのだろう。きっと。緑間の隣にいるのは奴が一人で可哀想だからかと。それとも何度も緑間君に言われたのだろうか。「俺は一人で可哀想な奴でもなんでもない」と。見ればカウンターの直角に折れまがった、高尾君の向かいとも隣ともとれない席に座る緑間君は一瞥を寄こすだけでなんてことはなしにカレーを食べていた。
 彼らの距離は、こういうことなのだろう。隣でも真正面でもない。扶助者でも平等でもない。隣にいるだけだ。しかしバスケで言えば“背後”。僕は目尻を下げて高尾君に言った。

「分かってますよ」

 これでは何でも分かっているようで不遜だろうか。

「分かってます。最初は一人で行動する天才に目をかけて“やってた”。チーム内で軋轢が生まれないよう。クラスでも変わり者がイジメられないよう。世渡り下手な芸達者を上から見下ろしていた。…でも一緒にいる内に、時間の経過と吐き捨てられないくらいに一番の親友になっていた」

 そう言えば、高尾君はこれでもかというくらい眉を顰めた。

「……観察眼あるつもりかよ」

「いいえ、そんなつもりは」

 苦笑して目の前の牛丼に手をつけると高尾君の隣からハア、と溜息が聞こえた。

「少しでも文学を齧っていると、お前のソレはそれらしく聞こえるのだよ、黒子」

「それらしいですか?」

「それらしいな。本人は一番それらしい気がしてくる。幾らか話せば見えてくる人格で、お前は過去を妄想する。そして当たりではなくとも外れではない言葉遣いを使える」

 将来は詐欺師にでもなれ、と吐き捨てた緑間君はカレーを食べ終えコップの残り少ないお冷を飲んだ。

「つーか。俺も割と“そうかも”って思ったじゃんかよ! 返せ俺の純情ッ、一瞬悩んだわ!」

「おめでとうございます、最初のカモは高尾君です」

「将来詐欺師で決まり!?」

「バスケが出来て片手間に詐欺る小説家を目指します」

「オイッ!」

 なんて冗談を言いながら、高尾君は残り少ないキムカル丼を、僕は牛丼を食べ進めた。その後はどこのセンターがどうだ、どこのPGがこうだ、あそこの攻撃パターンがどうだという話をしていれば、先に食べ終わった火神君たちが「お前まだ食ってないのかよ」とか「てか黒子、ハッシュドビーフ頼んでなくね!?」とか「しかも牛めしミニ!」とかギャアギャア言って店員に睨まれ、粛々と食事を済ませて店内を出た。
 帰りがけ、チャリとリアカーがくっついたものに腰かける高尾君は僕に目を細めていった。

「口では負けても試合では負けねーよ? 詐欺師」

 僕は苦笑して、彼には何も言わずに頭を下げた。周りでチームメイトは首を傾げていたが、「カモの遠吠えです」と答えたらもっと首を傾げられた。

「誰がカモで何が遠吠えだ!」

 お前だバカオ、と緑間君が代弁してくれたので僕はもうそちらを振りむかなかった。



12.12.2
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