駆除

昼休みの時間。
半強制的に手に入れた座席位置のお陰で移動することなく大好きな女子生徒と一緒にカフェイン摂取をする彼を見て心の中で念を送る。
恨む相手を間違えるんじゃないわよ。
苦渋の決断を迫られていた私は後戻り厳禁の強い気持ちを持って、この街で一番可愛い金髪の女子に近付いた。
「瑠衣、ちょっと付いて来て欲しいんだけど。」
唐突な誘いを投げると瑠衣は明るいブラウンの瞳を私に向け、頭の上にハテナを浮かばせてくれる。
「・・・相談があるのよ。」
「分かった。」
無言の質問に出来るだけ言い辛そうに答えると一度頷いてゆっくりと腰を上げてくれた。
私の頼みをすんなりと受け入れてくれる瑠衣を見て小さく動くのはつい数秒前まで文句なしの幸せオーラを放っていた男子。
無言で眠そうな男子に視線を投げるその表情は鋭くて、直接向けられたものじゃなくても居心地は悪い。
「相談ならここですれば良いんじゃない?」
「何が悲しくて男子の前で恋愛話を曝け出さなきゃいけないのよ。」
「俺も帝もあんたの恋愛に興味ないから何の問題も無いよ。」
「そんなんだから、いつまでたっても独り身なのよ。」
「それは全く関係ないでしょ・・・」
フンッと鼻を鳴らして上城君を見下ろしてやった私は、背後にいる神谷君の表情を確認することなく瑠衣を引き連れ教室を出てやった。


「約束通り、連れて来てあげましたよ。」
「ありがとう。感謝するよ。」
ベタでベタでベタベタな体育館裏というベタなスポットで待ち構えていたのは元男子バレー部部長の山岸先輩。
爽やかな笑顔で述べられたお礼に零れそうになった舌打ちの理由は、こいつは見た目とは裏腹にねちねちとしつこい鬱陶しい男だから。
瑠衣の事が気になって仕方なかったみたいで、何カ月間も無関係な私に恋愛相談を持ち掛けてくれたのよね。
好きなモノ、趣味、家族構成、好きな男性のタイプに住んでいる場所、終いにはスリーサイズまで聞き出そうとしてくれる気持ちの悪いストーカー寸前の変態男。
最初は瑠衣の為に黙秘を貫いていたんだけど、我慢の限界を突破した私は今日付けでこの男とおさらばしたいと考えたのよ。
「瑠衣ちゃんごめんね?急に呼び出して。」
デレデレとしたキモい感情を程々の出来の笑顔で隠す男に瑠衣はキョトンと首を傾げた。
「俺、河口の先輩の山岸聡史って言うんだけど、今日は瑠衣ちゃんに伝えたいことがあってここまで来てもらったんだ。」
「・・・私に、どんな要件が?」
明らかな告白の前振りを“要件”という義務的用事感が溢れる単語で切り返した瑠衣に笑いそうになった私をムッと睨んできた山岸先輩。
最初から望みの欠片も無いんだから仕方ないじゃない。
大体、自分で直接呼び出しできない時点であんたは負けなのよ。
どうせ神谷君が怖くて瑠衣に手を出すタイミングを見つけられず私を利用してくれたくせに、何を強気になっているのかが理解できないわ。
「あのさ、河口・・・ここは空気を読んで二人っきりにしてくれる所じゃないの?」
「空気を読んで二人っきりにしないようにしているんです。」
そんなことをしたら、とばっちりを受けるじゃないの。
裏のメッセージを隠して冷たく返すと山岸先輩は「ゴホン」と咳払いで気を取り直した。
多分、何を言っても私がこの場から離れる気が無いと察したんでしょうね。
「えっと・・・要件って言う程堅苦しいものでも無いんだけど・・・体育祭の時、瑠衣ちゃんの鮮やかな活躍を見てから素敵な子だなって思っていてね?」
「はい。」
「それから瑠衣ちゃんの事を自然と目で追うようになって、廊下ですれ違う時とかに見る笑顔とかカフェオレを美味しそうに飲んでいる姿とか・・・全部が可愛いなって思って。」
「はい。」
「もっと、瑠衣ちゃんの事を知りたくなったんだ。」
長々と語ってくれる顔の赤い山岸先輩には悪いけど、全くもって魅力を感じない告白だわ。
さっさと本題に入って、さっさと玉砕しなさいよ。
「だからその・・・そう言った意味でも瑠衣ちゃんの隣にいれる男になりたい。瑠衣ちゃんは俺のことをまだ知らないと思うけど、必ず大切にするから・・・俺と「こんな所にいたんだね」げ・・・」
ついに決めての一言が発せられそうになった瞬間、確実に計ったタイミングで綺麗な声が被さった。
顔を思い切り引き攣らせた山岸先輩の視線の先には無表情の神谷君が立っていて。
「帝だ。」
瑠衣が振り返った瞬間に、その表情は柔らかいものに変わった。
何処か猫かぶり要素を感じる神谷君は焦る山岸先輩に目もくれず瑠衣にゆっくりと歩み寄ると
「電話が掛かって来てたから、教えた方が良いと思って。」
スッとトラのストラップが付いたスマホを差し出した。
「結構長く鳴ってたから、掛け直した方が良いんじゃないかな?」
「・・・かもしれない。わざわざありがとう。」
「ん。」
「あ、でも・・・山岸先輩、話の途中でしたよね?」
「いや、そn「俺が代わりに要件を聞いておくよ」は?」
「・・・すみません。ちょっと抜けさせてもらいます。」
「え・・・」
トントン拍子で神谷君が流れを作り、瑠衣は足早にこの場から去ってくれる。
これって、私も置いて行かれたのよね・・・仕方が無いことだけど、少し寂しかったわよ?
可愛い女子が居なくなった事で一気に温度が冷めた現場。
これでもう、私の悩みは減ったわね。
最早この場にいる意味を感じなくなった私は、顔色の悪い山岸先輩に御愁傷さまの言葉も送らず教室に戻ることにした。


こんな事だろうと思った。
怪しさ満点の瑠衣の友人の行動を疑って、時間を置いて後をついて行けば案の定瑠衣に言い寄る男がいて。
あの後すぐ、水月に瑠衣に電話をするように頼み、水月からの着信履歴が残ったスマホを瑠衣に見せることで変な期待を持った男から瑠衣を引き離すことには成功した。
本来であればここで作戦は終了だ。
けれども、この男が軽率に述べてくれた言葉は上手い具合に俺に苛立ちを与えてくれて。
誰が誰の隣にいれる何になりたいんだったかな・・・・
スッと目を細めてそいつを見てやれば「ヒッ」と情けない声を出してくれて、折角耳に残っていた瑠衣の声が汚された気がして更に腹が立った。
「微妙な外見と残念な中身でよく瑠衣ちゃんに手を出そうと考えたね。ある意味尊敬に値するよ。馬鹿過ぎて。」
「何で、上城まで・・・」
「そんなの、ちゃらちゃらした虫の駆除方法を帝から聞くために決まってんじゃん。」
「駆除って・・・」
スマホを操作してる陸は多分現在進行形でこの男の個人情報を調べているんだろうけど、その情報はきっと俺には何も関係がないだろう。
この男が善人だとか悪人だとかは然程重要な問題ではない。
俺は不純な理由をぶら下げて瑠衣にちょっかいを出そうとしてくれる全ての人間が気に入らないんだ。
「消したいくらいに腹立たしい。」
誰が瑠衣の隣に立つことを許してやるものか。
大人しくしておけば良いものの、こうも行動に出てくれたのなら再起動する可能性は握り潰す必要がある。
「奏に伝えておいて。」
「りょーかい。」
「奏って・・・まさか・・・」
きっと奏なら喜んで陸が集めた情報を元に、この男で遊びつくしてくれるだろう。
男の未来はほぼ決まり。
この場に居る必要が無くなった俺は身体を翻した。


奏の名前を聞いてから顔色が青から紫に変わった男をほったらかしにして、足早に何処かに向かおうとしてくれる帝の隣に付く。
「教室に戻るの?」
「んーん。」
ついさっきまで毬栗みたいに刺々しいオーラを纏っていた帝は適当な否定を返してくれると、次にはパッと雰囲気を変えてくれた。
視線の先には電話を見つめる瑠衣ちゃんがいて、一体どんなセンサーを駆使して迷わず瑠衣ちゃんを見つけてくれたんだと疑問に思ったけど、どうせ“内緒”とか“何でだろうね”っていう濁しを入れられるから、あえて聞こうとは思わない。
「電話は終わった?」
「・・・うん。一応。」
歯切れ悪く頷いた瑠衣ちゃんはスマホをポケットにしまって、首を傾げる帝に詳細を述べる。
「スマホを不携帯することに対して怒られた。」
しょぼんとした顔で説教後の雰囲気を醸し出す瑠衣ちゃんを帝はポンポンと優しく撫でて。
「今度から気を付けようね。」
「・・・うん。」
注意する気があるのかないのか分からない優しさ満点の微笑みで注意をすると瑠衣ちゃんの手を取って教室とは違う方向に歩きだす。
「気分転換にカフェオレでも飲みに行こう。」
帝自身も気分転換したかったと思われる誘いに嬉しそうに頷いた瑠衣ちゃん。
偶には俺も一緒にサボっても良いよね。
二人の背を見て緩い考えが生まれた俺はのんびりと足を動かしてカフェオレパーティーに参加することにした。


「ところで、山岸先輩の要件って何だった?」
「部活のマネージャーの勧誘かな?でも、瑠衣は部活に入らないと思ったから断っておいた。」
「なるほど。回りくどくてよく分からなかったから困ってたんだ。ありがとう。」
「どういたしまして。」


その後、奏の毒舌パーティーが行われた



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