ある年の夏

何だろう・・・
ゴロリと仰向けに転がり、重た過ぎる身体を不思議に思う。
ダルい・・・・
朝起きたら、部屋が恐ろしい温度になっていて。
ガバリと布団を剥いだは良いけど、起き上がる元気なんて全く残っていない。
・・・・・死にそう。
吐き気を無理やり抑え込み、痺れ始めた身体を動かしてぼやける視界に頼らずに適当な誰かに電話を掛ける。
プルルル・・・・プルルル・・・・
「・・・もしもし?こんな朝っぱらからどうsh「死ぬ・・・・」え!?ちょっと!?何があっt」
ピッ
頭に響く声を強制的に消し。
ゴロリと身体を横に向けた。
この部屋から一番近い水飲み場は何処だったか。
そんな簡単な事を考える力も残っておらず。
とりあえず、目は閉じないでいよう。
閉じたら一生開かなくなるんじゃないかと思ってしまうくらいに最悪の体調。
それでも甘やかすことなく上がり続ける室温は、確実に俺を死へと近付けてくれていた。
バンッ
「死ぬってどういうことだ!!?うっわ、何だよこの強烈なサウナ地獄は!!?」
「・・・うるさ・・・」
「帝!?無事か!?」
無事じゃないから呼んだんだよ。
無駄の多い玄の質問嵐に答える元気はなく、辛うじて開いていた目は抵抗空しく閉じてくれた。


「誰ですか!!?エアコンの室外機を壊してくれた馬鹿野郎は!?今すぐに手を挙げなきゃぶっ殺しますよ!?」
「落ち着きなさい。犯人はちゃんと分かっているから。」
「誰だよっ今すぐその首差し出せよっ」
「玄以外に誰がいるって言うんだい?」
「はぁあ!?」
親父のズバリ犯人玄さん発言に大声をあげるとビクッと肩を揺らしてくれた張本人。
点滴を打っている帝を居心地悪そうに見つめている玄さんに怒り大爆発をそのままに近付いてやる。
「帝が死んでくれたらどうしてくれるつもりだったんですか?まさか、何も考えないで室外機の破損を黙っていたわけじゃないですよね?」
「いや・・・本当に、悪かった。まさかあの室外機が帝の部屋の物だなんて思っていなくてだな・・・・夜中だったもんだから、今日の朝イチに業者を呼ぼうと思って「夜中に何をして室外機を壊してくれたんですかっ?」
普通に考えて意味が分からない。
帝の平均就寝時間は深夜の3時。
それ以降に裏庭の隅にある室外機を壊すなんて・・・
「そのだな・・・・・夜番のくせに居眠りこきやがった組員を説教してて・・・つい勢い余って蹴っちまったんだよ。」
「「とんだ馬鹿野郎ですね。」」


救いようのない馬鹿野郎を親父に託し、死に際から若干の回復を見せてくれた帝の額に置いてあるタオルを取り替える。
マジで、こっちが死ぬかと思った。
電話越しに聞こえてきた力ない声も2文字の言葉もサーッと血の気を奪ってくれて。
この家に居た親父に慌てて電話したから何とか間に合ったけど、あと10分遅れてたら間に合わなかったかもしれないって医者に言われた時は本当にゾッとした。
完全な熱中症。
東南の方角に窓がある帝の部屋は真夏になれば燦々と朝日が差し込む魔の部屋で、今朝の室内温度は軽く40度を超えていたとか。
「死んだらどうするつもりだったんだよっ」
「・・・・・かな、で・・・?」
何時零れても可笑しくない涙を目にグッと力を入れて堪えていると、うっすらと2色の瞳が姿を見せた。
「帝!?気分は!?」
「・・・・良いとは、言えない・・・かな。」
チラリと合った目に大きく安堵し、あらかじめ用意しておいた水を飲ませる為にその背に手を添えて身体を起させた。
「本気で、心配した・・・・」
「・・・うん・・・奏のお陰で、死なずにすんだよ。」
「全部・・・・全ては玄さんの所為だから。御望みであれば殺してやるから・・・」
「・・・怖いよ。」
グビグビと不足していた水分を吸収する帝のいつも通りの反応に、辛うじて堪えられていた涙はポロリと零れた。


俺の背に手を添えたまま静かに涙を零す奏に申し訳ない気持ちになった。
もっと早くに異常な暑さに気付いていればこんな事にはならなかったのに。
「今度から、気を付けるから。」
「今度なんて要らないからっ今日にでも、日の当らない部屋に移動しようってか、もう荷物運ばせてるからっ」
「・・・いつになく早い対応だね。」
「あんな部屋っ壊してやるっ」
「・・・落ち着いて。」
朝よりは遥かに調子の良くなった身体を動かし、奏の背中をポンポンと叩いてあげる。
第二の人生で一番長い時間を一緒に過ごしてきた奏は思った以上に俺の事を想ってくれているみたいで
「帝が死ぬなら、俺も死んでやるからねっ」
「肝に銘じておく。」
「本気だからなっ」
「分かったよ。」
物騒な脅しを入れてくれるくらいに、俺の死を許さないと言ってくる始末。
さてはて、どうしたものか。
なかなか泣き止んでくれない奏に困り、今の自分に何が出来るのかを考えていると
「帝っ!!無事か!?」
「五月蠅いよ。もうちょっと病人に気を使いなよ。」
「わりぃ・・つい・・・」
慌てた様子の蓮と落ち着いた様子の陸が部屋に入ってきた。
「・・・奏はどうしたの?」
「・・・心配を掛け過ぎてしまったみたい。」
「まぁ・・・・とりあえず、無事で何よりだ。」


誰よりも強い男が、室温に殺されそうになるなんて・・・・
隆一さんの手によって池に沈められている玄さんを見なかったことにして向かった部屋には病人に抱き付いて泣く奏が居て、今回の事件が奏にとって如何に恐ろしいものだったのかを理解する。
俺も蓮も相当心配したけどね?聞いた時は帝の一応の無事が確認できていたから、死ぬほど焦りはしなかった。
でも、俺達と違って死ぬ宣言をされた奏は死ぬほど焦ったに違いない。
「今日からっ俺も帝の部屋で寝る・・・・」
「・・・何で?」
「そうすれば、何かあった時に直ぐに対応できるでしょ?」
「・・・流石に二度も同じことは起こらないよ。」
「そんなの分かんないじゃんっ」
・・・・だからってさ・・・・これはうざったいよ。
「奏、そろそろ離れてやれよ。帝を寝かせてやろうぜ?」
「嫌だ。」
「・・・どんだけくっついていたいんだよ・・・」
「帝の体調より、自分の我儘突き通すつもりなの?」
「帝を解放して欲しいなら、玄さんを潰して来てよ。」
どこぞの誘拐犯かよ。
「既に隆一さんに半殺しにされてるから。」
「わざわざ俺達がどうにかしなくても、窒息寸前の拷問を食らってるぞ。」
「そんなんじゃ足りるわけ無いだろっ」
「どうすれば気が収まるんだよ・・・」
「駅前の時計塔に素っ裸で縛り上げて警察に捕まった後に全国放送でその醜態をさらされれば許してやらない事も無いよ。」
何その細かい設定。
ペラペラと玄さんへの理想の仕置きを語ってくれた奏に流石の帝もドン引き。(多分)
「奏・・・本当にこんな事二度とないようにするから・・・」
「次こんな事があったらどうしてくれるの?」
「・・・カフェオレ淹れてあげるよ。」
「そんなんじゃ許すわけ無いだろっ」
・・・・とりあえず、無事で何よりだよ。


その年の夏、奏の寝床は帝の部屋だった。



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