夕暮れ、ゲルテナ展の開催されている美術館の中。妙な倦怠感を引き連れた私は、のろのろと重たい足取りで作品を見て回っていた。

「……私は一体何をしていたのかしら」

なぜこんなに身体が重たいんだろう。ただ普通に作品を見ているだけでこんなに疲れるわけがない。まるでちょっとした冒険を終えたときのよう。冒険なんてしたことがないのにそんな風に思った。
なんて馬鹿げてるの。そう思うのに妙な違和感。ああきっと疲れているからね。じゃあなんで疲れてるのかしら。堂々巡りな思考を断ち切ってゲルテナの作品に意識を集中する。
『心配』、『双塔』、それから『忘れられた肖像』。

どくん、と心臓が跳ねた。
整った顔の男性が、眠るようにそっと目を閉じている絵画。その手には青い薔薇を握っている。
たしかにとても美しい絵。でも、だからってこんなにも胸が落ち着かなくなるものなの?

「……、」

気が付いたら、思わずその頬に触れてしまいそうになっていた。いくら額に入っているとはいえ、作品に触れるなんてマナー違反だわ。慌てて腕を引き戻す。
――本当に、何してるのかしら。じわりと滲む涙に戸惑う。私はこんな絵知らないわ。そう、知らないのよ。なのに次から次へと溢れ出す透明な滴が頬を伝って床へと落ちた。

「ねぇ、……」

続きそうで続かない言葉。俯いて自らの喉に触れる。いま、わたしはなにをいいかけた?


「ルナ」

ふと、知らない声が私の名前を呼んだ気がした。とても優しくて、切ない響き。勢いよく顔を上げる。そこには眠る男の人の絵。

「ぎ、」

唇が勝手に動き出す。
絵の中の男性の唇が小さく弧を描いたように見えた。けれど、それはきっと涙で視界が揺らいでいたせいね。










こぼれた記憶
 (もう戻らない、戻れない)



20120602


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