「ねぇ、ルナ」
「なあに、ギャリーさん」
「どうしてここにいるの?」

青年がそう問いかけると、少女はすっと目を細めた。

「……やだなあ、ギャリーさんが呼び止めたんでしょ?」

しかしそれも一瞬のこと。けらけらと、青い瞳を見上げておかしそうに笑う。

「ま、たしかにそうなんだけど」
「いてほしくなかった?」
「いいえ、そんなことないわ」
「なら細かい理由なんていらない、よね?」

緩やかに首を傾げながら紡がれた言葉はどこか反論を許さないような響きを持っていて、青年は一旦口を噤んだ。

「じゃあ、どうしてずっとアタシの手を握ってるの?」

続けてそう問いかけると、少女は繋いだ手にぎゅっと力を込める。

「だって、離したらギャリーさんいなくなっちゃいそうだし」
「……否定はしないわ」

青年が苦笑を浮かべれば、「やっぱり」と軽く唇を尖らせた。

「ギャリーさんがひとりぼっちになるのが嫌だったから声に応えたのに、消えちゃうなんて反則じゃない?」

握った手と指を絡ませるように繋ぎ直す。苦笑を深める青年を見て少しだけ困ったように眉尻を下げ、それでも決して手の力は緩めずに。

「もうひとつ、質問してもいいかしら」
「さっきから質問ばっかだね」
「ダメ?」
「次で最後にするなら許す」

少女の言葉に、青年はひとつ深呼吸をしてから、唇を開いた。

「どうして名前に"さん"なんて付けるようになったの?」
「……ギャリーさんはいじわるだね」

今度は少女が苦笑した。天井を仰いで、ゆっくりと目を閉じる。

「ギャリーさんはギャリーさんだから、最初からギャリーさんなの。あなたのことをギャリーとは呼べない」

凜とした声だった。決して揺るがない、強い意志の込められた言葉。

「最初からそれがわかってて、どうしてこっちに」
「さっきも言ったけど、ギャリーさんをひとりぼっちにしたくなかったから。……ギャリーと離れるのが嫌だった、の方が本音かもしれないけど」

視線を戻した少女が自嘲気味に笑う。とても痛々しい笑み。気付けば青年は、その小さな身体を抱き締めていた。

「好きよ、ルナ」
「……やめて、ギャリーさん」
「初めてアナタと喋ったときから好きだったの」
「そんなこと言わないで」
「ホントは手を離しても消えたりなんか、」

どん、と胸を押されて少しよろめく。目の前には、決壊ぎりぎりまで涙を溜めた少女の姿。

「お願い。その姿で、その声で、言わないで。うそで慰めてほしいわけじゃない」
「これはアタシ自身の言葉よ。うそなんかじゃない」
「……もしそうだとしても、きっと代わりにしてしまう」
「それでも構わないわ。そもそもアタシはそういう存在だもの」

そっと髪を撫でると、ついに堪えきれなくなった涙が一筋、少女の頬を伝った。指の腹でそれを拭ってあげれば、次から次へと溢れ出した透明な雫が薄暗い美術館の床へと落ちていく。

「ズルい。そんなのズルいよ」

ぼろぼろと流れる涙をそのままに、少女は呟いた。たまらずその頭を抱き込むと、今度は抵抗することなく青年の肩に顔を埋めた。

「……ギャリー。ギャリー、ギャリーギャリー」

縋るように、ボロボロのコートを握り締める。

「好きだった。ううん、今も好き」
「そう」
「ギャリーのこと、あいしてる」
「……そう」

愛を囁く少女の瞳は此方を見ているようで見ていないことを知っていながら、弱味に付け込むことで少女からの愛を得ようとしている姑息な自分を嫌悪する青年。
代わりにしたくはないと言いながらも結局は行き場のない愛を代わりに受け止めてほしくて、とても残酷なことをしようとしている卑怯な自分を嫌悪する少女。
互いに傷つけ合うだけだとわかっていても、一度感じてしまった温もりを手放すことはできず。ただずぶずぶと、深みへ堕ちていくだけ。










抉り合い



20130802


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