「ふう……」

空になったティーカップをテーブルに戻し、ほっと息を吐く。
急に講義が休みになったことで生まれた優雅な朝。普段なら時間に追われて動き回っているかまだ夢の世界にいるかの時間帯だと思うと得した気分ね、なんて思ったところでインターホンが鳴った。こんなに早くから誰かしら。

「はいはーい」

我が家には外の様子が見られるような便利な機能はないので、直接扉を開ける。そこにいたのは、真っ黒いロングコートにフードを深々とかぶった人物だった。

「どちら様?」
「わたし」

澄んだソプラノは女性の証。聞き覚えのある声ではあるものの、目の前の黒ずくめとは雰囲気が違いすぎて思わず瞬く。まあアタシがあの子の声を聞き間違えるはずないんだけど。

「ルナ?」
「……うん」
「どうしたのよ、そんな格好して」
「ちょっといろいろあって」

少しだけ俯いて曖昧に笑うルナ。とりあえず立ち話も何だからと家の中に招き入れ、お気に入りの紅茶を淹れてあげる。ついでにアタシの分も淹れ直しとこうかしら。
テーブルに戻ると、室内だというのにまだコートにフードで完全防備しているルナに知らず苦笑が漏れた。

「ほら、いい加減それ脱ぎなさい」

後ろから近付いてフードを引っ剥がす。と、艶やかなルナの髪の上に、髪と同じ色をした三角耳がちょこんと存在していた。

「――え?」
「朝起きたら生えてたの」
「……ルナってそういう冗談言わないタイプだと思ってたわ」
「だって真実だもん」
「イヤね、いくらアタシだって信じないわよ、そんなの」
「ギャリーの分からず屋」

でも最近のおもちゃってよく出来てるわね。まるで本当に生えてるみたい。どうやって着けてるのかしら。不機嫌なルナに合わせるように、さっきよりぴんと立ってるように見えるのは気のせい?
そっと触れれば柔らかくて温かい感触が返ってくる。おかしいわね、人工物ってもうちょっと無機質に冷たいはずじゃないの?さすがにこれはちょっとリアルすぎじゃない?
試しに軽く引っ張ってみると、「にゃあっ」なんて可愛らしい悲鳴を上げたルナが恨めしそうにアタシを睨みつけてくる。つまり、きちんと感覚があるってこと?

「……本当に?」
「そう言ってるでしょ」

むすっとむくれているけど、頭上で動く可愛い耳のせいで台無し。

「どうしてそんなことに」
「わたしが聞きたいよそんなの」
「何か思い当たることはないの?」
「なんにも」

しゅん、と垂れる耳。ふわふわのそれを慰めるように撫でてみると、くすぐったいのか小さく身じろいだ。
本当に、突然どうしちゃったのかしら。でもびっくりするくらいルナによく似合っていて、見ている分にはただの眼福なのよねー。
……あら、よく見たら尻尾も生えてるじゃない。コートの裾からはみ出したそれに触れてみると、耳の時以上に可愛らしい、むしろ色っぽい悲鳴が上がる。アタシを見上げるようにして睨みつける瞳もわずかに潤んでいて、もう、朝からなんて試練よまったく。

「もしかしてわざとじゃないでしょうね」

本人には聞こえないようにこっそりと溜息を零す。ルナは真剣に困ってるんだからアタシもちゃんと聞いてあげなきゃって思うのに、今の彼女は何をしても愛くるしくてつい構いたくなっちゃうのよね。
でもまぁ、この不可思議な現象の解決策がすぐに浮かぶはずもないし、少しくらいはいいかしら。

「スコーンでいい?」
「え?」
「朝食。どうせ食べてないんでしょ?」

普段よりも少しだけ瞳孔の細い大きな目をきらきらと輝かせるルナ。耳はぴんと立ち尻尾も上機嫌に揺れ動いて、ああもう、ホント可愛いわね。

「そのコートは脱ぎなさい」
「はーい」

どうしていいのかわからなくて困っているのは本当でも、今すぐどうにかできるとは当人も思っていないみたい。勝手知ったるアタシの家の奥へとハンガーを探しに行ったルナはどこか吹っ切れた顔をしていた。
なんだか餌付けしてるみたいでちょっとだけ気が引けるけど、まぁいいわ。

「あの子にはチョコレートでいいわね」

くるりと踵を返して、朝食(本当はティータイムに食べようと思ってたんだけど)の準備を始めた。
その後、メアリーから連絡が入ったことですべてはこの少女の仕業だったことが判明し、明日になれば元通りになることを聞き出すまでに一悶着あったのだけど、それはまた別の話。










222の魔法



20130222


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