06




ウソつきたちの部屋を出てまっすぐ進むと、縄に繋がれた人形がぶら下がっている通路に出る。ちょっと不気味で、さっきは意識的に避けた道だ。見上げながら歩いていると、その内のひとつが不意にぼとりと落ちた。びくっと肩が跳ねる。少し身構えて次の現象を待ってみたけれど、特に何も起きないので2人でそろそろと近付いてみる。ふむ、なかなか丁寧な作り、なんて思いながらいじっていると、緑の服に緑の糸で縫いつけられた数字を見つけた。

「また数字?」
「うん。18だってさ」

じゅうはち、じゅうはち、と呟くイヴに笑みを零しながら更に奥へ。数字パネルの付いた扉を見つけて足を止める。その上には計算式。答えを入力しろってことかな。

「まずは緑とピンクをかけ算」
「18と9だね」

すかさずイヴが数字を教えてくれる。3つくらいなら私も覚えていたけれど、それを口に出すようなことはもちろんしない。脳内で計算を開始してみる。2桁のかけ算とか苦手だよ……。

「えーと……162、かな。それに紫を足すから、」

私が答えを口にするより先に、数字を入力していくイヴ。166。がちゃりと鍵の開く音がした。自慢げな笑みを浮かべる彼女とハイタッチを交わしてから扉を開けると、そこはたくさんの木のオブジェが置かれた部屋だった。真ん中の木にひとつだけ実っていたリンゴに触れると、うっかりころんと落下した。

「あ、」
「……落ちたね」
「……うん、落ちた」
「でもなにも起きないね」
「だね、起きない」

何も起きないなら持って行こう。何かの役に立つかもしれないしね。よく見てみると木でできていたそのリンゴを拾い上げる。イヴも興味を示していたので彼女に預けることにして、他には特に何もないらしい部屋を出る。これからどうしよ……あ、そういえばまだ行ってない道があったような。壁から手が生えた通路を通って左に曲がると、壁に大きく描かれた不思議な言葉。

「なんて読むの?」
「もうしんちゅうい、かな」

"猛唇注意"。どういう意味だろう。猛唇なんて言葉は聞いたことがないから読み方は間違っているかもしれないけれど、もう二度とお目にかかることはないと思うのであまり気にしないことにする。注意されたからには一応周りに気を配り、イヴには私の後ろをついてきてもらうことにした。通路を進むと、突き当たりに近いところの左の壁が少しへこんでいることに気付く。

「わお」
「……変なのがいる」

そろりと覗き込んでみた先にあったものに思わず頬がひきつり、慌ててイヴを背中に隠した。それを不思議がって背中から顔を覗かせた彼女も私と似たような反応を見せる。壁に真っ赤な唇がくっついてるのを見たら誰だってこうなるよね。

「はらへった。くいものよこせ」
「え、しゃべっ……っ!」

ただの悪趣味な飾りだと思っていたその唇が、突然開いて言葉を紡いだことに驚く。イヴくらいなら丸呑みにできてしまいそうな大きさのそれが猛唇だとはっきり認識した時にはもう遅く、思い切り開いた唇が辺りの空気ごと吸い込むようにして私の薔薇の花びらを1枚、食べた。

「いっ、く……」
「リーシャ!」
「……ん、大丈夫だいじょーぶ」

ふらふらと後ずさると心配そうにイヴが私の顔を見上げる。唇が壁に生えているという異常な状況に気を取られてすっかり注意を怠ってしまっていた私の自業自得だ。軽く手を振って平気だということを示す。

「ねぇイヴ、さっきのリンゴあげたらいいんじゃないかなぁ」
「…………」
「本当に大丈夫だってば。ほら、イヴだってこんなとこ早く出たいでしょ?」
「……これ?」

未だに疑うような視線を向けてくるイヴを言いくるめて、さっき拾ったばかりのリンゴを出してもらう。また噛みつかないとも限らないので、彼女の代わりに私がその木製リンゴを唇の中に放り込んだ。

「うまい、これ」

薔薇を食べるくらいだから木も食べるだろうとは思ったけれど、ばりばりと豪快に噛み砕く姿を見ると思わずぞっとする。実際に噛みつかれなくてよかった……!
とりあえず、木製リンゴはこの唇のお気に召したらしい。私たちのことを気に入ったというそいつは、あろうことか口の中をくぐれと言う。がばりと開かれた唇には鋭い歯が並んでいて、知らず頬が引きつった。進めるのはありがたいけれど、花びら食べられたところだし……そういえば、食べたものはどこに消えたんだろ。
そんな私をよそに、イヴは「ありがとう」なんて素直に頭を下げて平気でくぐり抜けようとする。なんて適応力の高い。離れ離れにされるのはごめんなので、私もひと思いに口の中へと飛び込んだ。





20120607



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