赤い女の子と私。瞬きすら忘れて無言で向かい合うこと数秒、先に硬直が解けたのは私の方だった。静かに足を踏み出すと、女の子はびくりと肩を跳ねさせた。怯えを孕んだ赤い瞳がまっすぐこちらに向けられている。
「ええと……私は怪しい人じゃないから、大丈夫だよ」
できるだけ優しく声をかけると、少し怯えの色が収まった気がする。驚かせてしまわないようにゆっくり近付いて、目線を合わせるためにしゃがみ込む。あれ、どこかで見たことがあるような。
「……あ。美術館にいた子、だよね?」
既視感の正体はそれだ。確か、薔薇の像を眺めていた子。
「私も美術館にいたんだけど、急に誰もいなくなっちゃって。それで、ここに迷い込んだの。もしかしたらあなたも一緒じゃない?」
「――そう。わたしも、いつの間にかひとりぼっちに……」
同じ境遇だとわかったことで、少しは安心してくれたらしい。おずおずと口を開いた少女にほっと安堵する。しかし、尻すぼみになる言葉と下げられた視線からは、きっととても怖い思いをしてきたのだろうことがうかがえて。そっと腕を伸ばし、彼女が嫌がる素振りを見せないことを確認してから頭を撫でる。
「私はリーシャっていうの。一緒に行ってもいい?」
「……!はいっ。えっと、わたしはイヴ、です」
「ありがとう、イヴ。それから、一生懸命丁寧に話してくれるのも嬉しいけど、イヴらしくいつも通り話してくれるともっと嬉しいなぁ」
もちろん名前に"さん"もいらないよ、と付け足しながら、髪から離した手を相手に差し出す。少しだけ不思議そうに首を傾げて、それからすぐに意味を理解して握手に応じてくれたイヴがふわりと笑った。つられて私の顔にも笑みが浮かぶ。
「これからよろしく、イヴ」
「うん。こちらこそよろしくね、リーシャ」
奇妙で不気味な世界の中、彼女の笑顔は周りの空気をほんわかと柔らかくする。繋いだ手からそれが伝播してくるみたいに、おかしなこと続きでいつの間にか張り詰めてしまっていた私の空気も解れていく気がした。……いつまでもこうしていたいのは山々だけど、そういうわけにもいかないよね。
「よし。それじゃあこれからどうするかだけど……怪しいのはこれだよね」
握手を終えた手を引き戻してから身体を起こし、改めて猫を見る。この部屋そのものであるその猫のくぼみに、さっき拾った頭をはめてみた。私が手を離した途端に、ごとんと落ちる。
「……ダメ、かぁ」
やっぱり頭だけじゃ足りないか。ならまだ行っていない右の扉を開けてみようと歩き出しかけた私のスカートの裾をイヴが引く。
「わたし、さっきまでそっちの部屋にいたの。そこで見つけたこれとリーシャが持ってたの、くっつかないかな?」
彼女が取り出したのは、木で出来た魚の尻尾。落ちっぱなしだった頭と合わせてみると、ぴったりくっつく。
「やった!」
ぴょんと小さく跳ねて喜びを表現する姿はとてもかわいい。早速それを壁のくぼみにはめ込んでみると、にゃーという声。2人で顔を見合わせた次の瞬間、
「……っ」
にゃーにゃーにゃー。何匹もの猫が鳴く声が部屋中に響く。辺りを見渡してみるけれど、猫の姿はひとつもない。イヴもきょろきょろしているから、私の気のせいって訳ではないみたいだけど……。そんなことを思っているうちに、ぴたりと鳴き声が止んだ。魚をはめ込んだ部分の壁がいつの間にか道になっている。もう一度顔を見合わせて、どちらともなく手を繋いでから歩き出した。
20120531