03




「かくれんぼって言われてもなぁ」

黄色い部屋をぐるりと一通り見て回ってみたのは良いけれど、そこで途方に暮れてしまう。黒い人(とはいっても壁に描かれた絵だ)にかくれんぼをしようと持ちかけられたのはいいものの、どこを探せばいいのか見当が付かないのだ。ヒントも全然見当たらないし。もしかしてここに来るまでになにか手掛かりがあったのかもしれないと思い立って、記憶を少しだけ巻き戻してみることにした。

薔薇のあった部屋から階段を下りた先、オレンジの扉を開くと、猫の形をした部屋に出た。壁に描かれた二つの目はちょっと怖いものがある。口元の辺りが魚の形にくぼんでいるところを見ると、なにか仕掛けがあるのかもしれない。さて、どうしようか。進むべき扉は左右どちらにもある。(ちなみに猫の正面にあたる場所にもあったけれど、これは鍵がかかっているのか開かなかった)少しだけ悩んで、なんとなく直感で左を選ぶ。そういえば人間って分かれ道では無意識に左を選びやすいんだっけ。……やっぱり右にしようかなぁ。でも一度選んだからには潔くそのまま足を進めることにした。扉を開くと黒い人が直接壁に描かれていて、瞬きの間に"かくれんぼ する?"なんて文字が現れて……文字から人の絵へと意識を戻そうとすると、そこにはもう何も描かれていなかった。

で、今に至る。特に思い当たるものは何もない。強いて言うならあそこで右を選んでいれば良かったのかも?あの時思い直さなかったことを今更ながらに少し後悔してみるけれど、まさに後の祭りというやつだ。かくれんぼが始まった瞬間、この部屋唯一の出入り口である扉には鍵がかけられてしまっている。問いかけておきながら強制参加。これは「する?」じゃなくて「しろ!」って感じだよね。
そもそもさっきまで描かれていたはずの黒い人が消えた時点でおかしな話だけれど、それが見間違いだったとしても、黄色い絵の具のようなもので描かれた文字は今もまだしっかりと存在している。
この部屋にある隠れ場所は、壁に付けられたカーテンの向こうだけだろう。それを開けるためのものだと思われるボタンとセットで、全部で7つ。手掛かりがない以上はとりあえず適当に捜してみようと、手近にあったボタンを押してみる。想像通りカーテンが開いて、大きな鎌を持った絵が姿を現す。なんだ、ハズレが……なんて思っていると、ただの絵であるはずのそれが動いて鎌を振り上げた。

「……っ!」

本能的に危険を察知してその場を飛び退いたからなんとか直撃は免れる。だけど引き遅れた薔薇に刃が触れて、花びらが1枚散った。その途端に身体に痛みが走る。

「――薔薇とあなたは一心同体。命の重さ、知るがいい……」

猫の描かれた部屋に入る前、オレンジ色の中で見た貼り紙を思い出す。嘘、そういうことなの?絵が動き出したことだとか、そいつに突然攻撃されたことだとか。それよりなにより、手にした薔薇に意識が集中する。
今、私の身体が痛んだのは間違いなくこの薔薇のせいだ。花びらが散れば命が削られる。私の命と繋がった薔薇。どういう仕組みなのかはわからないし、もしかしたら避けたつもりになっていただけでうっかり腕にでも鎌がかすっていたのかもしれない。それでも、無視するには少しばかり重すぎる事態。私の身体には傷ひとつない。
残った花びらはあと4枚。幸いにも鎌の絵が再び動くことはないらしい。痛みだって鎌が薔薇の花びらに触れた短い間だけのことで、今はもうなんともない。うん、まだ、大丈夫。
薔薇をしっかりと胸元に寄せて持ち、隣のカーテンに移る。じっとしてても仕方ないしね。深呼吸をしてからボタンを押す。

「わっ……!」

いつでも逃げられるように身構えていたら、鮮烈な赤が目に飛び込んできた。思わず目をつぶるけれど、網膜に焼き付いてしまったかのように決して離れない、真っ赤な手形。とんでもなくホラーな視界になってしまった。
でもそれ以外に害はないようなので、めげずに次のボタンへ。カーテンの向こうに待っていたのは私をかくれんぼに誘った張本人。み、見つけた……!黒い人の描かれた絵の前で思わず小さくガッツポーズ。いつの間にか壁に現れていた文字に目を向ける。

"みつかった けいひん あげる"

どこかでごとんと何かが落ちる音。景品ってやつかもしれない。部屋をうろうろしてみると、1枚の絵の前に木で出来た魚の頭を見つける。確かこの作品のタイトルは『板前の腕』。包丁で魚をすっぱり切っているシーンが描かれていたはずだけど、今絵の中にあるのは包丁と魚の尻尾だけ。魚の頭はこの絵から落ちたのか。
黒猫に引きずり込まれてからというもの、いろいろと不思議なことが起こりすぎてなんだか驚かなくなってきました。とりあえずこの部屋にはもう何も無さそうなので、元来た道を引き返すことにする。猫のくわえてた魚のくぼみにぴったりはまりそうな頭だしね。視界にこびりついていた赤い手形もいつしかすっかり薄れ、気持ち的にも大分落ち着いた。というよりも肝が据わってきたのかもしれない。

がちゃりと扉を開いて、硬直。視線の先で、赤が印象的な女の子がこちらを振り返った。





20120529



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