青い絵の扉の向こうは狭くてなにもない部屋だった。ちょっと拍子抜けしながらあっという間に辿り着いた次の扉を開くと、私たちを出迎えたのは無数の頭。通路の左右に並べられたそれらは真っ白で、どうやらマネキンの頭らしい。壁には簡単な人間の絵が何枚も飾られていて、その目だけがぎょろりと動いて視線で私たちを追いかけてくる。正直言って薄気味悪くて、自然と私たちの足も速くなる。
「……お?」
「なんかいっぱいある」
「動き出したりしないわよね、これ」
そんな通路を抜けるとなんだか少し入り組んだ部屋に出て、そこには『無個性』や『赤い服の女』が色違いでいくつも飾られていた。鍵の閉まった扉を通り過ぎ、辺りを警戒しながら足を進めていくと、いつか見たような数字のパネルがついた扉をふたつ見つけた。『入力せよ』とだけ書かれた不親切なものと『この部屋にある女の絵の数を答えよ』というわかりやすいものがあったので、とりあえず女の絵の数を数えながらまだ行っていない方へと進む。
「いち、に、さん、し……」
ひとつひとつ指を折りながら数えていくイヴに続いて私とギャリーも絵の数を数えていく。途中で見つけた扉にはやっぱり鍵がかかっていたので後回しだ。
「……あれ?」
「あら、この絵……」
私が扉をがちゃがちゃしている内に先に進んでいたイヴが不思議そうに声を上げた。彼女のすぐ後ろにいたギャリーもなんだか少し驚いたみたいな反応をしていて、私も小走りに近付いて2人の視線の先にあるものを覗き込む。
「あ、『吊るされた男』」
美術館ではギャリーが前にいたからよく見えなかった絵だ。たくさんの女の絵の中に混じったイレギュラー。きっと何か意味があるんだろうと思ってじっくり眺めてみると、その服になにかが描かれていることに気付く。
「5629……?」
一体どういう意味だろう。まさかこの部屋にある女の絵の数を示している、なんてことはないだろうし。
「……そういえばさっきの暗号、4桁じゃなかった?」
絵の数から連鎖的に思い出したのは、ヒントがなかったもうひとつのパネルつき扉。この絵のイレギュラーさを考えれば充分にあり得る話だと思う。
「たしかにそうね。でも、人が逆さまに描かれてるんだから数字も逆から見るべきなんじゃない?」
「む、それはそうかも」
「うーん……6295、かな?」
少し悩んでからイヴが数字を口に出した。私もギャリーもそれに異論はなくて、肯定の意味を込めて頷く。
「それじゃあ私はこのまま女の絵を数えとくし、2人はさっきの扉開けてみてくれる?」
自然な流れでそう口にしたら、どこかじとっとしたふたつの視線が私に向けられた。
「リーシャ?」
「またそうやって1人で無茶する気?」
「や、そんなつもりじゃなくて……」
慌てて手を振り否定する。今回は本当に、危なくなさそうだからの申し出だった。今まで結構うろうろしてきたけれど、飾られた絵にも像にも特に変わった変化はないし、3人揃って動き回る必要性はないと思う。何なら2人に任せようとしている部屋の方が危険かもしれないくらいで、本当なら私もついていきたいんだけど……。5、6、7枚目の女の絵を数えながらそんな感じのことを伝えると、ぐっとガッツポーズをして私の単独行動を了承してくれた。
「わかったわ、イヴのことはアタシに任せといて!」
「リーシャの分まで頑張るね」
2人できゃっきゃと意気込む姿にちょっと癒される。ひらひらと手を振ってその背中を見送ると、私も女の絵を数える作業へと戻った。
20120902