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結婚指輪が花嫁の手元に戻ったことによって、幸せを取り戻した新郎新婦。『幸福の花嫁』が手にしていたブーケを投げる仕草をすると、それは絵の中から現実へと飛び出してきて、イヴの腕の中にすとんと収まった。

「わ、きれい」
「花嫁さんの投げたブーケを受け取った人は、次に幸せになれるのよ」

美しい花束を胸に頬を弛めるイヴはすごくかわいい。ギャリーの言葉で更に嬉しそうにしている姿を見ているとつい腕が伸びてしまって、彼女の頭をそっと撫でる。

「はい」

不意にこっちを向いて、私にブーケを差し出すイヴ。不思議に思って首を傾げると、我らが癒しはにっこりと笑った。

「リーシャにも幸せ、おすそわけ」

その言葉に目を丸くする。彼女が持っているのは花嫁さんの投げたブーケ。それを受け取るという言葉だけを思えば、間にイヴを挟んではいるけれど、たしかに私も幸せをもらえるのかもしれない。というかイヴがこんな風に思ってくれたんだから、幸せが訪れない訳がない。

「ありがと、イヴ」

私も満面に笑みを浮かべながら差し出されたブーケを受け取る。胸に抱いた美しい花々からは甘い匂いが広がって、それだけでも幸せな気分になった。その香りを胸いっぱいに吸い込んでから、ギャリーの顔を見上げる。

「ギャリーも受け取っとく?」
「アタシは遠慮しとくわ。ブーケトスに参加するのは女性だけだもの」

ゆるりと首を傾げると、返ってきたのは予想とは異なる答えだった。そっか、それなら。

「ガータートスをお願いしてみるとか、」

そこで私の言葉は止まる。だって今、花婿さん、怖い顔しませんでした……?まあたしかにマイナーな伝統だし、ちょっと刺激的というか、正直私もしたいとは思わないけれど。絵の中の花嫁も少し困り顔になったように見えるし、ギャリーは顔を赤くして固まってしまっている。イヴだけは素直に「ガータートス?」と首を傾げているけれど、何事もなかったかのように改めて言葉を紡ぎ直すことにした。

「さて。ブーケをもらったのはいいけど、他には何にもないみたいだね」
「そうね。まだ行ってないところってあったかしら」

イヴに説明するのはまだ早い。ギャリーもそう思ったのか、すぐに私の言葉に返事をしてくれた。

「……あっちの方は、まだ行ってないと思うの」

少しだけ腑に落ちない様子のイヴは、私たちがはぐらかす理由を察したのか、悪戯っぽく笑っただけでそれ以上尋ねてくることはなかった。勘のいい子です。彼女はそのまま先頭を歩き出したので、慌てて後を追いかける。

「……ブーケも婚約指輪も、あげる側でいたいのよね」
「んー?なにか言った?」
「いいえ、なんでもないわ。ほら、早く行かなきゃイヴに置いてかれちゃうわよ?」

最後尾のギャリーがなにか言ったような気がして振り返ると、ひらひらと手を振る彼に簡単にあしらわれてしまった。でもギャリーの言葉通り、行動派のイヴはあっという間に角の向こうに消えようとしていて、花束をしっかりと胸に抱え直してから駆け足で小さな背中を追いかける。その先に待っていたのは、怪しく笑う青い絵。いつか私たちにツバを吐き出した生意気くんの色違いのようにも見えるけれど、あのときよりも明らかに普通じゃない空気を纏った絵だった。

「えへへへ、へへへへへ。はな……おはな、いいなぁ……」

不気味な笑い声にまとわりつくような話し方。ぞわりと嫌なものが背筋を這い上がる。イヴやギャリーも同じ気持ちなのか、浮かべる表情は固い。

「そのお花くれたら、ここ、通してあげるよ……えへへ」

青い絵が視線で示したのは、薔薇。そんなの、あげられる訳ないじゃないか。私たちに渡す気がないことを感じ取ったのか「ちょっとだけ、におい嗅ぐだけだからさぁ」と更に付け加えてくる。

「ダメ。あんたにはあげられない」
「信用できないわ」

強い口調で拒否した。ギャリーもはっきり言い切って、さすがのイヴでさえ睨むような視線を向けて拒絶を示す。でも、この絵以外に進める道はない。

「……こっちの花でもいいなら」

私の腕に収まる綺麗な花束。こんなやつにあげたくなんかないけれど、他の花が渡せない以上、仕方がない。一歩前に出て、ブーケを差し出してやった。

「えへへへ、ありがとう。いいにおいだなぁー……えへへ」

変わらず不気味な笑みをたたえる青い絵は、不意に大きな口を開いたかと思うと一瞬にして真っ赤に染まり、

「それじゃ、いただきます」

ブーケは絵の口の中へと消えた。唯一残ったリボンだけがはらりと床に落ちる。すでに青色に戻り「あーおいしかった」なんていけしゃあしゃあと言ってのける絵を無視して、そのリボンを拾い上げた。もらったばかりの幸せが、こんな形でなくなってしまうなんて。

「リーシャ?」

約束だからここを通してくれるという絵は、いつの間にか扉へとその姿を変えていた。不気味な笑い声が次第にフェードアウトしていく。イヴに服の裾を引っ張られてようやくそのことに気が付いてはっとした。

「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてた。それじゃ行こっか」

リボンをポケットにしまってから歩き出す。背中にギャリーの視線を感じた気がしてちらりと振り返ると、少しだけ難しい顔をしてなにかを考えているみたいだった。





20120810



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