09




扉を開くと、紫っぽいなにかが床に落ちていました。……じゃなくて。紫色の髪を持つ人が、うつ伏せに倒れていました。

「さっきみたいに追いかけてきたりしないかな……?」

イヴがそう警戒するのも無理はない。さっきの今だしね。でも、私は慌ててその人に駆け寄った。だってこの人、美術館で見かけた……

「うぅ……」

小さく呻くその人の息は浅い。顔色もよくないし、どう見たって大丈夫じゃない。

「しっかりしてくださいっ」
「う……痛、い……」

声をかけても反応らしい反応は返ってこない。どうしよう。何とかしないとと思えば思うほど混乱して、どうすればいいのかわからなくなる。どうしよう、どうしたら、どうすれば。

「リーシャ……」

ふと、隣から不安そうな声がした。ぎゅっと私の服を握る小さな手。……そうだ、私が落ち着かなくてどうする。何度か深呼吸して無理やり心を落ち着ける。改めて紫の人をよく見てみると、なにかを握っていることに気が付いた。小さな鍵。彼の指をそっと解いてその鍵を手に取った。

「ねぇイヴ、ちょっとだけこのお兄さんのこと見ててくれる?」
「リーシャはどうするの?」
「ちょっと向こうの様子を見てくる。なにかあるかもしれないし」

この辺りには危ないものの気配はないし、なにがあるかわからない場所に連れて行くよりもここに留まっていてくれる方がいい。この人のことだって、やっぱり放っておくのは不安だし。

「危ないと思ったらすぐに帰ってくるから。ね?」

渋るイヴを笑顔で制し、元来た通路を駆け戻ってそのまま先へ。扉を開くと、見覚えのある貼り紙がふたつとその真ん中に空の花瓶があった。きっと彼もここで薔薇を手に取ったんだろうと思う。

「……っ!」

もう少し奥に進むと、床に散らばる青い花びらを見つけてしまった。更に奥には『青い服の女』と書かれたプレートだけが壁にかかっている。床には赤い、血。――こんなの、嫌な予感しかしない。
でもあの人は一刻を争う状況だった。彼から借りた鍵を使って小さな部屋の扉を開くと、広がる光景は悲しいかな想像通り。青い服の女が、青い薔薇の花びらをもてあそんでいる姿だった。青薔薇の花びらは残り少ない。

「ねぇ!こっちの方がいいんじゃない?」

迷っている暇なんてない。気が付いたら、自分の薔薇をその女に見せつけていた。ぎらりと女の瞳が怪しく光る。持っていた青い薔薇を手放してまっすぐこっちに向かってくる青い服の女から逃げ出そうとする足を叱咤して、落ちた薔薇からできるだけ遠くに引きつける。さん、に、いち、

「――っ!」

伸ばされた腕を飛び越えて青薔薇の元へ駆ける。拾い上げた頃には女はすでに私の真後ろにいて、長く鋭い爪がしゃがみ込む私の腕を切り裂いた。赤が宙を舞う。はらりとピンクの花びらが散って、ああ、逆のパターンもあるんだ、なんて頭のどこかで思いながらもなんとか部屋を抜け出した。

「落とさなかった私、えらい……!」

ばくばくと心臓の音がうるさい。裂かれた腕はかなり痛かったし、かなりの至近距離で見た女の顔は想像以上のものだった。トラウマになりそう。絵の女たちが扉を開けられなくてよかったと心底思っていると、ばんばんとなにかを叩く音がした。さっきの赤い服の女は無理だとわかったら大人しかったのに。なんとなく嫌な予感がして音の出所を見やると、ガラス窓に黒い影。そして、がしゃんというなにかが割れる音。

「うそ、そこから来る!?」

結構な高さにある窓を突き破ってまで追いかけてきた青い服の女に唖然とする。とんでもない執念。一目散に逃げ出して、『永遠の恵み』が飾られた部屋に逃げ込んだ。そっか、扉は開けられなくても部屋を移動することは有り得るんだね。なんだかどっと疲れてしまったけれど、とりあえず青い薔薇を花瓶に活けた。





20120617



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