08




情けないことに座り込んだまま少し休憩している私をよそに、本棚だらけの部屋をちょこちょこと動いて回るイヴ。気になる本を抜き取って目を通している彼女に任せっぱなしという訳にはいかないので、私もすぐに立ち上がって本棚に向かった。
手に取ったのは『キャンバスの中の女たち』。何気なく選んだとはいえ、たった今追いかけられたばかりの真っ赤な絵の女が影響したのは間違いないだろう。
そこに書いてあったのは、女たちがかなり執念深くて目を付けられたら厄介だということ。どこまでも執拗に追いかけてくる、なんてわかっても全然嬉しくない。ひとつだけ役に立つ情報があったとすれば、

「自分で扉を開けることができない、か」

ちらりと扉を振り返る。その向こうにいるはずの女はたしかに大人しくて、本当に開けられないんだなぁ、と思う。そんなとき、私を呼ぶイヴの声。

「何かあった?」
「この本、動いた!」

さすがのイヴも驚いた様子で開いた絵本を見下ろしている。『うごくえほん』。クレヨンで描かれたその絵本は今まで見てきた作品とはずいぶんと毛色が違った。作者の部分は文字が潰れてしまっていて判別できないけれど、少なくともゲルテナがゲルテナとして描いたものではなさそうだ。"うっかりさんとガレッド・デ・ロワ"というタイトルのつけられたその絵本は、私たちの目の前で勝手に展開していく。

「……なに、これ」

絵本の登場人物が最後に言った「今ドア開けるね!」という言葉に連動するかのように、がちゃりと実際に鍵の開く音がした。でも、私もイヴもすぐには動き出さない。というより動き出す気にならない。なんて悪趣味な絵本。イヴの手からそれを預かって本棚に押し込んだ。

「……行こっか」
「……うん」

開いた扉をくぐると、花瓶の描かれた絵が私たちを出迎える。『永遠の恵み』と名付けられたその絵のそばには本物の花瓶もあった。

「あ!花瓶!」

その花瓶に駆け寄るイヴ。のんびりと後ろに続くと、振り返った彼女は私に手を差し出した。

「ん?」
「リーシャのバラ、貸して?」

特に断る理由もないので伸ばされた手に薔薇を渡す。あと3枚しか花びらのない薔薇はちょっとみすぼらしい。イヴはそれを迷うことなく花瓶に活けた。途端に咲き誇るピンクの薔薇。

「わぁ……」
「花瓶に入れると元気になるの。はい、どうぞ」
「ありがと、イヴ」

私の手に戻った薔薇の花びらは全部で7枚。初めに見た時よりも数が増えていて、作り物みたいに綺麗だった。なんだか身体まで軽くなった気分だ。命に直結している花だから本当に軽くなったのかもしれないけど。

「じゃあイヴのも活けなくちゃ」
「わたしのは元気だから大丈夫。それに、すぐにお水がなくなっちゃうから……、あれ?」

花瓶の中を覗き込んだイヴが不思議そうに首を傾げる。私も一緒に覗き込んでみると、まだたっぷりと水が入っていた。どうやら前にも花瓶を使ったことがあるみたいだけど、そのときは一度活けたら水がなくなってしまったらしい。

「花瓶の色が違うからかな……」

まだ不思議そうにしながらも、私に促されてイヴも自分の薔薇を花瓶に活ける。綺麗な赤い薔薇。私のよりも少し小振りで、花びらも5枚しかない。私と同じでこの世界に来てすぐに見つけたという、彼女の心の象徴だ。

「これでよし、と」

確かにイヴの薔薇は花びらこそ減っていないけれど、少しだけみずみずしさが戻った気がするのを確認してから先へと進むことにする。左右に分かれた通路。今度こそ左は止めようと、右の扉を目指して足を踏み出した。





20120614



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