趙天佑編
「じゃあ、この日は?」
「あっ、大丈夫です。空いてます。」
「じゃあ、その日にしよっか?」
「はい。」
電話をしながら手帳に○をつける。そして思う。この日は…。黙ったままで手帳を見つめていると、趙さんが何かあった?と聞いてくる。私は気づかれないように何でもないです。当日楽しみにしていますと告げて電話を切った。
趙さんと会う約束をしたのは私の誕生日だった。言ってしまえばいいのにと思うが、お祝いを催促するような感じになるので言えなかった。それに、私と趙さんの関係はただの友達。今回もたまたま予定があって遊びに行くことになっただけ。ただそれだけのことだ。
「なんか今日の椿いつもと雰囲気違うね。」
「そうですか?何か変ですか?」
「ううん。すっげー可愛い。」
「あっ、ありがとうございます。」
誕生日だからと理由をつけて今日はいつもよりもちょっとだけ張りきった格好をしてみた。開口一番趙さんに褒めてもらえたから着てきた甲斐はあった。これだけでも十分良い1日になりそうだ。
しかし…。
目的のお店に着いて楽しく食事をしたまでは良かった。それから散歩でもしよっかと言われて歩いていると、趙さんの口数が減った。黙ったまま目的地の浜北公園に着いたが、趙さんはベンチに腰かけてそのままぼんやりとしている。
「趙さん、気分でも悪いんですか?」
「…違うよ。」
明らかに怒っているような感じの素っ気ない返答がきてどうしていいかわからなくなってしまう。何か気に障ることでも言ってしまったのだろうかと自分の脳内で今日1日の自分の言動を振り返る。
「俺ってそんなに信用ない?」
「えっ…。」
急に趙さんは話を切り出した。そして言われた言葉に驚いてしまう。何か私の言った言葉で趙さんは傷ついてしまったのだろうか。そんな事ないですと言おうとしたが、先に趙さんが話を始めてしまった。
「何で今日が自分の誕生日だって言ってくれなかったの?」
「それは…。」
趙さんは自分のスマホを取り出してメッセージアプリの画面を見せる。そこには今日がお誕生日の人ですと表示されていてそこには私の名前が書かれている。今はこんな些細なことでも誕生日がわかるようになっているのだ。
「趙さんに誕生日のお祝い催促してるみたいじゃないですか。なんかそういうのは重くないですか?」
「あぁ、そういう事ね。」
趙さんはふぅ…と溜息をついている。ほら、やっぱり重い女だと思われてしまっている。言わなくていいことを言ってしまった。気まずくなってしまった。折角良い関係でいられたのに、今後はきっと…。
「1年に1回しかない好きな女の子の誕生日をちゃんと祝ってあげられない俺ってダサイよね。」
「好きな女の子?」
今までも趙さんからは可愛いなどの言葉を言ってもらうことはあったけれど、直接的な好き、愛している、付き合おうなどという言葉はもらったことがなかった。趙さんにとっては私の関係はあくまでもloveではなくlikeだと思っていたから。だからこそ、私も自分の中で線引きをしていた。決して自分の気持ちは言わないということに。
「椿、気づいてなかった?」
「はい…。」
「そういう天然な所もまた可愛い所なんだけどね。まぁ、俺もはっきり言ってなかったのが良くないよね。」
「趙さん…。」
「一緒にいて楽しいし、これからも色んな所に椿と行きたいと思ってる。」
「趙さん、私も…。」
好きですと言おうとすると唇に指をあてられる。私の耳元で趙さんはその言葉は俺から言わせてと言われる。そしてその言葉が舞い降りる。
「好き。俺と付き合ってよ。」
「はい…。」
私の返事を聞くや否や唇に当てていた指がそっと離れて違うものが触れる。趙さんはそっと口づけを落として笑顔に。私はこの笑顔が好きだ。今日の特別な1日に最高の笑顔を間近で見られることができた。そう、それこそが私にとっての最高のプレゼントだ。
「じゃあ、両想いになったことだし、残り少ない時間でお祝いさせてよ。」
「私は一緒に過ごせるだけで十分ですよ。」
「ほんと欲張らないよね椿は。いいよ。じゃあ、今から最高のプレゼントを探しにいくよ。」
迷うことなく私の手を取って歩き出す趙さん。繋がれた手を見ながら微笑む。今からは恋人同士としての誕生日が始まる。
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