夏といえば?
海、プール、BBQ、キャンプ。
夢は無限大!
でも、この現状をみると、もう今年の夏はいいやなんてと思ってしまう。
何があったかは分からないが浮き輪をつけたままウロウロしている神田さん。
(うん、なんかのマスコットキャラみたい。)
引き締まったボディをこれでもかと言わんばかりに見せつけてビーチにいる女の人に声を掛けられている峯さん。
(うん、確かにかっこいい。)
そして向きを変えるとこっちでは定番のスイカ割り。真島さんが嬉しそうにバッドを片手にスイカではなく組員の人達の頭めがけて振り回している。
(うん、これもいつも通り。)
そしてこの人達を取りまとめる役目の大吾さんは桐生さんと涼しい場所で2人仲良くお酒を飲んでいる。本当に困った人達。
(うん、これはこれで絵になる2人。)
仕方ないここは頼れるみんなの兄貴!柏木さん!!そう思ってみるともはや何を言っていいのやら。わんこそばのように無心に冷麺を啜っている。
(ここは韓来じゃなくて、海ですよ!柏木さん!!)
私はどの輪にも入れず、ただ波が流れる様子を見ているだけ。
(ねぇ、私の相手は誰かしないの!?)
溜息をつきながら折角海に来たのにまだ泳いでいないことを今更ながらに思う。そう、折角だからひと泳ぎするか。貴重品などを防水ポーチに入れて首から下げる。パラソルから出ると太陽がじりじりと。うん、夏だ。ビーチサンダルの間に入る砂の嫌な感じを感じながらさて、浮き輪を借りようかなぁと神田さんの許に。
「あの、泳ぎたいんで浮き輪貸してください。」
「椿チャンか。今はちょっとあかんわ。」
そういってそそくさと歩いていく。なんだあの浮き輪との一体感。まるで彼女のようにぴったりとくっついている浮き輪と神田さん。
仕方ない波打ち際でちょっとだけ水を感じようかなぁと思っているとくらくらと眩暈がしてきた。夏は好きだけど暑いのは無理だ。アイスが欲しい!来る途中にあったコンビニにでも行こうかなぁと。一応誰かに言っておいた方がいいのかなぁと思いながら見渡しても変わらず子供の様に夏を楽しんでいる面々。これじゃ、どっちが大人で子供がわからない。
まぁ、いいか。折角連れてきてくれたし、ここにいる人の分くらいのアイスなら1人で行って持って帰れるか。そんな事を考えてビーチを後に。水着の上からパーカーを羽織って短パンを履いてこれならコンビニには入れるだろう。
「ねぇ、どこ行くの?俺達と遊ばない?」
「あ、いえ…。」
海の定番のナンパか!と思いながら生憎私のお眼鏡に適う相手ではない。それは私の周りにいる素敵な人達のせいだろう。そんな事をぼんやり考えながらどう切り抜けようかと思う。ビーチに行けば助けてくれる屈強な人達がいるが、この目の前の人達が悲惨な目にあうのは目に見えている。血の気の多い人達だ。どうせすぐに喧嘩しよかという流れになるに決まっている。
うん、困ったなぁ。
コンビニまではあと少し。無視していけばいいかとそのまま突っ切って歩く…が、腕を掴まれて前には進めない。しつこいなぁ。
「こんな所におったんか!椿!」
探してたでぇというその聞きなれた関西弁が耳に。ヤバいぞ。一番血の気の多い人のご登場!ナンパしてきた男の人2人はそんな事を気にすることなくなんや、このオッサンと言っている。もう、私は知らんぞと思っている内に真島さんはものの数秒で男の人達を床にたたきつける。
「真島さん、カタギの人なんでそれくらいに…。」
「骨のない奴らやのぅ…。」
これでも手を抜いたんやでと言っているが本当かどうだか。そして私をじっと見る。頭に?を浮かべていると頭を優しく叩かれる。
「1人で勝手にウロウロしたらあかんやろ。」
「また、子供扱い!真島さんはいっつもそうですよね。」
「何や、あかんか?」
そんな子供にイラついてる癖に。煙草に火を点けながら私の事を見ている。どうせ、子供だと思うならほっておいてほしい。構ってくれなくて結構。子供の私は期待してしまうんだ。今みたいに颯爽と現れて助けに来てくれると勘違いしてしまう。
好きになってしまう。
「だいたいみんなそれぞれ楽しそうにしていて私、ずっと暇だったんですけど!」
「そりゃ、悪かったのぅ…。」
なんや、構って欲しかったんかと私の頭を撫でる。ほら、やっぱりまた子供扱い。それでもその触れる仕草にどきりとしてしまう子供な自分。
「もう大丈夫ですから、戻っててくれていいですよ。」
「あかん!またさっきみたいな輩が声掛けるかもしれんやろ。」
「いいですよ。それでも!」
可愛くない自分。こんな風に心配してくれるのはきっと娘や妹のような感情なんだろう。私は違うのに。
真島さんが掴もうとしていた腕を振り払い、コンビニに向けて歩こうとする。真島さんは黙ったまま。すると、ぽつりと声が聞こえる。
「そうか、ほんなら実力行使させてもらうで。」
さっきとは違った低い声で思わず歩いていた足が止まる。ペタペタと近づいてくる真島さんのサンダルの音が聞こえる。早く歩き出せばいいのに足が動かない。
「これやったら大丈夫やろ。」
イヒヒと笑い、ガチャンと音がする。そして腕に触れる冷たい金属。ぎょっとしながら真島さんを見ても笑みを浮かべるだけ。
「真島さん、冗談ですよね?」
外して下さいと告げるとあかんの一点張り。無理やり腕を抜こうとしても無理で鍵は真島さんが持っている。なんでこんな事を。
「言う事聞けへんアホな女にはこうするしかないからのぅ…。」
「アホ…。」
「そうや、全然、ゴロちゃんの気持ちがわからんアホな女やで。椿は。」
私はまた頭に?が浮かぶ。ええからコンビニ行くんやろと言われて当初の目的を思い出す。手錠のせいか真島さんとの距離が近い。それはまるで恋人のよう。でも、想いは一方通行。
やっぱり夏はもういいや。
ビーチに戻ると他の人達にぎょっとした顔をされる。真島さんは終始笑顔で嬉しそうにしている。私はどうしていいか分からず苦笑い。
答えが分からない問題をただ一方的に出された夏。思い出として残ったのは手錠をつけていた部分だけくっきりと残る白い跡。それを見るとなぜだか恥ずかしくて隠すようにそっと腕時計をつけた。
当の本人は日焼けをしなかったようで私に会う度に嬉しそうに私の腕の跡を見て笑っていた。
夏が終わり恋の季節はこれから。
「親父、あんな趣味あったんですね。」
「あんなの見せつけられたら口説こうにも無理ですね、6代目。」
「知らなかったが、真島の兄さんは案外、嫉妬深いんだな。」
「桐生さん、知らなかったのはあなただけですよ。」
「峯ぇ!俺の海パン見つかったか?」
「兄貴、ちょうどあそこに代わりになりそうな物が落ちてますよ。」
「おぉ!助かったわ、峯ぇ!…というかこれワカメやろが!」
「おい、誰か俺の新作冷麺食べないのか?」
それぞれの夏。それぞれの楽しみ。
私が苦笑いをしているビーチではまた別の会話が為されているのは私が知る由もない。
はぐれない方法
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