別に彼女のことはそういう目で見ていた訳ではなかった。
それなのにどうしてあんな行動を取ったのか。
それはわからない。
強いて言うなら衝動的。まさにそれがぴったりの言葉だった。

「椿…。」

顔を上げて自分を見る彼女を見ると止められなかった。
彼女の濡れた瞳を見ると吸い込まれるようにそっと手を伸ばして涙を拾う。彼女の初めて見るその大人の顔に胸が高鳴るのを感じた。

「椿、行くで。」

彼女の手を取って歩き出すと彼女はぱっと手を離して先を歩く。急に手持ち無沙汰になった気持ちと拒絶された気持ち。ぐらぐらと揺れる気持ちの行き着く先はやっぱり衝動的だった。

「椿!!」

先を歩く彼女を呼び止めると怒っているような反応。少しの微笑を含ませながら彼女の腕を強引に掴んで口づけをひとつ。
触れるだけの簡単なもの。
それでも再び眼を開けてみると彼女の驚いた顔を見てしめたと思った自分はやっぱり加虐心の塊のようなものなのだろう。

そう、今はこれだけ。

立ち尽くす彼女の横を通り過ぎて歩く。彼女に見せる為の大人の余裕のひとつとして。

「ほな、先行くで。」

彼女は今、何を想っているだろう。わからないけれど、自分の事で頭の中を占められていればそれでいい。やっぱり自分は加虐心の強い男だと改めて感じていた。

◆◇◆

衝動的な行為の代償としては当然の報い。
それなのに繋がらないままの電話を見つめながら溜息を吐く。
あのBBQのあとから彼女の姿を見ていない。
バイト先である韓来を覗いても働きにきているようだったがすれ違い。電話をしてみても繋がらず掛かってくることはない。

じゃあ、残るは実力行使。

何度か行った事のある彼女の家まで向かう。
手には夏の思い出の名残を持って。
さて、彼女は家にいるのだろうか。

多分、以前のような関係には戻れないだろう。
それは当然分かっている。

だからこそ、あの時、桐生チャンが彼女の手を取ってくれればよかったのに。そんな自分勝手なことを今更ながらに思う。
あの後、冷静になった自分が気づいた感情はひとつ。

-自分は彼女に惚れていたということ-

あの瞬間までは気づかなかった。
あの時までは妹のような娘のような友達のようなよく分からない親心のような気持ちがあった。ただ、2人がうまくいってくれればいいだなんて思っていた。

それなのに…。

彼女の泣いている姿を見て胸がざわつき、自分を抑えられなかった。
自分の中で必死に抑えていた“いい兄さん”という仮面が剥がれたようだった。

そう、ただの男と女。

それを確かめるようにして口づけた。やっぱり、彼女に惚れていたんだということに。

そんな事を1人思っている内に彼女の家の前に。
窓から洩れる灯り。
どうやらいるようだ。

これからどうなるのだろうか?

日中はうだるような暑さだったのにふいに涼しい夜風が素肌を通り抜ける。
季節は移ろうとしている。

一呼吸置いて彼女のインターホンを押した。

さて、自分と彼女の関係も変わろうとしている。

それはまさに今。



夏の夜風




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