ハロウィン | ナノ
01

人は誰しも言われたら何も言えない、断れないという言葉があるはずだ。
私の場合はこれだ。

「ね、仕事にもきっと役に立つわよ。」

そう言われている内に着替えが始まり、化粧が施される。
うーむ。
相変わらず普段の自分とは違う姿に驚きつつも渡された仮面をつけて完成。
さて、これからどんな仕事の糧が得られるのだろうか?
そして話は数日前に遡る。

◆◇◆

「桜ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。」

「なんですか?」

そういって掛かってきた電話の主は以前お世話になったキャバクラのママさん。
今月末にハロウィンのイベントがあるそうでスタッフさんが足りないということで手伝ってほしいとの依頼。
スタッフのシフトを見ながら31日は平日なのでそこまで忙しくはならないかなと思いながら悩む。
毎年忙しくなるのはその前の土日が繁盛期。
が、しかしだ。
この前とは違う懸念事項。

これ、真島さんに言った方がいいのか。
付き合っているとはいえ自分の全てを話すという訳ではないが、彼女がキャバクラにいると言ったら気分はよくないだろう。

うーん、どうしよう…。そんな事を考えていると、

「今回のハロウィンはちょっと変わったことをするからきっと桜ちゃんの仕事にも約に立つわよ。」

仕事の役に立つ!私の脳にぴかっと一筋の光!

「じゃあ、ちょっと遅れていくことになりますけど…。」

いいわよ!よろしくね!ママさんの電話は終わる。

そう、仕事。
真島さん、ごめんなさいと思いながらも一体当日何があるのかとワクワクとする自分がいた。

そして冒頭に戻る。
どうやら今夜はハロウィンをモチーフにお客さんにも仮面をして仮装をした状態で誰が誰か分からない状態で接客をするといったことだった。
しかも指名はなしということで誰に当たるかはお楽しみといった所でなかなか粋な趣向。
そしてこの仮面。
これ、来年絶対自分の所にも設置しようとにんまり。
やはり、新鮮さというのは色事においては大事らしい…ということをママさんに教えてもらい納得。

…とほくほくした気持ちで接客していたのは良かった。
…がしかしだ!
浮かれていた気分は一気に下がる。

あれ、どうみても真島さんじゃないのか…。
いつ来店しなのかは分からないがおそらく接客していて気づかなかったのだろう。
お客さんには仮面はサービスで渡しているのだが、1人だけ異様な般若面。
おい、あれ前見たぞ。と思いながらも私は視界に入れないようにする。
そう、バレたら困る。

それにしても相変わらず真島さんの横には一番綺麗なキャバ嬢がついていてとても楽しそう。
いつも思うのだが、本当に真島さんは私のどこを気に入っているのだろうか。
おそらくあの横についているキャバ嬢の人だったら可愛らしく聞けるんだろうが、生憎私にはそんな話術は持ち合わせてはいない。
聞けるような可愛さを持っていたらキャバ嬢としても生きていけるのだろうなぁと思いながら私は年齢高めのおじさんと話すのが丁度いい所か。

「どうしたの桜ちゃん?」

「あ、いや、ちょっとお酒に酔ったのかもしれないですね…。」

アハハ…と誤魔化しながら目の前のお客さんに集中。
そうだ、仕事。
それならいいんだけどと言いながらキツネ面のおじさんは楽しげだ。
適度な会話をして、キツネ面のおじさんはお会計に。
丁寧にお見送りをしてさて、そっと真島さんのいたテーブルを見る。
すでにいなくなっているようで一安心。

…と思いつつも横にいたキャバ嬢の人もいない。
まさかアフターとかはね。
そんな事をもやもやと感じながらも私も人の事は言えない。
お互いに気づかないまま、知らないフリのままでいい。

「…………。」

自分のテーブルに戻ると般若面の人が静かに座っている。
まずいと思いながらも、私は少し苦い笑顔を浮かべながら挨拶をして自己紹介。

「へぇ、桜チャンって言うんか。可愛い名前やな。」

源氏名だけどな。
…と思いながらも水割りを作っていく。
真島さんは気づいている筈なのにあえてこういった事をしてくるのか。
それとも本当に気づいていないのか。
今の段階では分からない。
でもバレていないのであればこのまま他人のフリが賢明だ。

「よく来られるんですか?」

そう、ここは無難な会話を投げて置くのがいい。
そしてあと少しで閉店だ。
何とかなる。

「まぁ、たまに来るくらいやなぁ。最近は来てなかったんやけど桜チャンみたいな可愛い子おるんやったらまたちょこちょこ顏だしてみよか。」

ハハハ…と私は軽い笑いをしながら、仮面で顏は隠されてますけどねと思っていると膝の上に手が置かれている。
おい、何してる!と思いながらも少しいやらしい手つきで撫でられると反応してしまう。
そう、情事の時のことを。

「お客さん、ここはお触り禁止ですよ。」

そう言いながらも真島さんは止めずそれどころか距離を詰めてきている。
まずい!
赤くなって俯く私。

「椿、そんなんでゴロちゃんを欺けると思ったか?」

「………。」

その艶のある低い声で囁かれると一気に欲の熱が上がって身体が熱くなる。
一呼吸おいて落ち着ける。
そしてすみません、頼まれてと話すと、どうせそうやろなぁと一言。
声は怒ってはおらず一安心。
そんな話をしている内にお店は閉店の時間に。
私はバックヤードに戻ろうとすると、真島さんに呼び止められる。

「椿、夜はまだまだ長いならなぁ、分かっとるやろ。」

「…………。」

外で待っとるからそのままの格好でくるんやでと一言。
はいとしかいう事ができず、とりあえず明日が休みで良かったと思う自分。
そして夜が長いという意味ありげな言葉に引いていた熱が上がってくるのを感じた。


[*prev] [next#]
TOP
×
- ナノ -